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小説・強制天職エージェント⑮

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勤務から2週間が経った頃、小早川への報告の為、水島は事務所にいた。

「彼女、どんな様子?」

「いやあ、うまくやってるよ。お前が秘書なんていい出したときは、絶対に無理だろうと思っていたんだが。人間、何が合うか分からないもんだな。しかも本当に仕事が多いんだが、彼女は何でもできるんだ。化学の専門知識も豊富、数字にも強いしパソコンも使えるから、本来の秘書業務以上のこともやってるんじゃないか」

「僕の見立てが良かったわけだ」
にやりとする小早川。

「らしいな」
水島はしぶしぶ認めた。

「仕事以外の印象は何かあるか?」

「まだ遠くから見ているだけだから、これといってないかな」

「じゃあ、そろそろ面談とかするなりして、直接探りを入れてもいいんじゃないか」

「ああ、そうするよ」

翌日、水島は八重子を会議室に呼び出した。
「入社から半月以上が経ちましたが、仕事はいかがですか?」

「やる前は不安でも、実際に始めてみるとできるものですね。一つひとつの仕事はそんなに難しくないですから。ただ、量が多いのと、まだ社長のリズムが読めないので、そこはこれから慣れていきたいです」
八重子からは前向きな姿勢が読み取れた。

「私もたまに瀬戸さんの仕事ぶりを拝見していましたが、スピードも速いですし、普通に他の会社の秘書と比べても優秀なのではないでしょうか」

いえいえ、とんでもない、と恥ずかしそうに八重子は首を振った。

「では、特に問題はなさそうですか?何か不満や心配事があればどうぞ」聞かなくてもいいかとも思ったが、念のためと思い水島は聞いてみた。

「そうですね……。不満というほどではないですが、秘書が私1人なので、仕事の相談ができる同僚がいないことでしょうか。社長は良くしてくださっていますが、やはり社長に相談という訳にはいきませんし」

「お昼ご飯は、同じフロアの女子社員と一緒に行っているようですね。何度かお見かけしたので。そこで仕事の話はしないんですか?」

「ええ、あまり。彼女たちとは全く仕事が違いますし。それに、そもそも仕事の話はしませんね……。楽しいことは楽しいんですけどね」
後半はやや歯切れの悪い話し方をした。

その様子をみて、水島は思い出した。

ある日、休憩所に行ったとき、女子社員が数人で話しているのが聞こえた。八重子の噂をしているようだった。

「新しく来た秘書の人、知ってる?」

「あー、知ってる知ってる」

「なんか、すごい社長としゃべってるよね。笑い声とか聞こえるし」

ここの会社は社長室などがなく、事務職は全員が同じフロアだ。社長と八重子の席は一番奥で、他の社員と少し離れている程度。会話の内容までは分からないが、姿は良く見える。

「何話してるんだろうね?」

「前の会社では研究してたんだって」

「研究?何の?」

「化粧品とかいってた気がする」

「えー、すごーい。なんか私たちとは違うね」

その時は、自分たちとは異なるタイプの八重子が珍しいのだろうか、程度に思っていた。しかし改めて思い出すと、悪口とまではいわないものの、軽い嫉妬に似た感情もあるように思えた。

ランチでは、他愛のない会話に終始しているようだが、本人も感じるところがあるのかもしれない。しかし、自ら語ろうとしない八重子に、ストレートに聞くのははばかれる。水島は、話題を変えることにした。

「今日に限らず、いつでもお声掛けください。まだ会社ではしんどいこともあるかもしれませんが、たまに息抜きして──」

水島がそこまでいったところで、八重子は何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げた。
「そういえば水島さん、加藤唯ってご存知ですか」

加藤唯って誰だっけ……そうだ、八重子のクライミング仲間だ。なぜ今、彼女の名前が出てくるんだ?
「え、ああ……。聞いたことがあるような」
水島はとぼけた。

「唯は私の友達です。クライミングが趣味で、2人でよく行くんです。こないだ行ったときに、水島さんの話が出てきて。名前が一緒だし、唯がいっていた見た目の特徴が似ていたから、もしかして、と思って」

まずい、探偵ごっこがばれたか?
「加藤さん……あ、会ったことあるかな」
平静を装いながらも水島は内心、気が気でなかった。

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ほかにも色々かいてます→「図書目録(小説一覧)」

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