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小説・強制天職エージェント⑦
八重子の調査──、つまりは探偵のような仕事だった。
朝から彼女の自宅マンション付近に張り込み、会社まで追いかけた。帰りは会社で待ち伏せ。
どうしてオレがこんなことをしなきゃならないんだ、と思いながらも、水島は愚直に従った。数日もすると基本的な行動パターンはつかめてきた。
経過報告のため水島は事務所を訪れた。
「5時半に起床。出社のために家を出るのは7時半。その間、何をしているか、部屋の外から見るだけでは分からないが、通勤時に持っている小さい手提げかばん、あれは弁当を入れているようだ。だから早起きして、弁当や朝食も作っているのかもしれない」
刑事ドラマのワンシーンのように、時系列をホワイトボードに書き込みながら水島は続ける。
「8時半には会社に到着。始業は9時だからずいぶん早いな。17時が定時で、すぐに出てくるときもあるが、残業も多そうだ。早く帰った日は、近所のスーパーに立ち寄っていた。野菜とか肉とか、食材を中心に手に取っていて、ちゃんと自炊をする人の買い物って感じだったよ」
「すばらしい」
「そう。で、趣味はクライミングらしい。たまに仕事終わりに友人と待ち合わせして行って、そのあと食事をしていた。1人で行くこともあったよ」
「ふーん。引き続き頼むよ。では僕は社内の様子や人間関係を探るとするかな」
「社内?どうやって?さすがにそれは無理だろ」
「大丈夫だよ」
小早川にぬかりはなかった。オーエンの力を借り、紹介した派遣社員の仕事ぶりを調査すると称して、八重子の会社に潜り込んだのだ。
表向きは派遣会社の営業。なぜ小早川にうちの会社を動かせるのか、そんな特例が許されるのか、水島は疑問だらけだった。気になるところではあるが、たぶん教えてくれないだろう。そのうち調べてやる、などと考えた。
その時、ふと気づいた。
「会社に潜入するなら、瀬戸さんに顔がバレてないオレの方が良くないか?」
「水島にはこの後、もっと大事な仕事があるから、その時まで温存しておくのさ」
「大事な仕事?」
「その時になったら言うよ」
コイツまた教えてくれないのか、と水島はむくれたが、小早川が自分に大事な仕事を任せることについて、悪い気はしなかった。
「そうか」
思わず口元が緩んだ。
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