小説・強制天職エージェント㉖
「騙したような形になったことは、申し訳なかった。でも今回の仕事を成功させるためには、そうするのがベストだと判断したんだ。それに君の気持ちを弄んだわけではないよ。状況を整える手伝いはしたが、気持ちまでは操作できないからね」
「それはそうだが」
「彼女が心を開く相手であれば、正直、他の人でも良かった。職場には年頃の男性社員も多い。秘書をしていたら、社長に同行することもあるだろうから、何なら他社の人間でもね」
「別に男にこだわらなくても、女でも良かったんじゃないのか?」
「まあね。でも、女の友情なんてもろいものだよ。特に、彼女は女同士で群れるタイプではないから、いい友人を見つけるのは難しいだろう。現に、同僚の女性社員は彼女に嫉妬していたというじゃないか。それに、悩みを相談する友人よりは、彼女の精神安定剤になる人が良かった。だから女より男がいいんだ」
「はあ……」
「あと、こうなったら全部言ってしまうが――」
「まだあるのか?」
ぎょっとする水島。
「彼女は、いい奥さんになるだろうなと思っていた」
「へ?」
「結婚に向いている。セクハラとか言われそうだから、大きな声では言えないけどさ。究極のサポート業務って妻だと思わないか? 秘書が社長を支えるというのであれば、妻は夫を支えるのもまた同じだ」
思わぬ話の展開に、水島はついていくのがやっとだった。一方の小早川はといえば、しゃべりながらも壁に貼られた手書きのメニュー表に注意が向いている。
「すみません」
と店員を呼び、色々と勝手に注文を始めた。水島は混乱していたため、頭の中を整理しつつ、その様子をただ目で追っていた。
「縁の下の力持ちでいることに快感を覚えているようだし、料理が得意で人に振る舞うのも好き。彼女の母親は専業主婦で、家事に手を抜かない人のようだった。それを見て育った彼女は、小学校の卒業文集に『お母さんみたいになりたい』と書いていた。しかし母親の時代と違って、今は当然のように女性もバリバリ外で働く時代だから、彼女もその流れに乗っていった。職場での出会いは少なく、少々不器用でもある彼女は、長らく恋人がいない。いても悪くないのに、だよ。だからお膳立てだけして、あとは本人に任せてみようと考えたのさ」
早くも店員が何か料理を運んできた。小ぶりの鍋に盛られた料理を見て、水島は先ほどの注文がおでんだったことを知った。水島の様子とは裏腹に、小早川はさてどれを食べようか、とでもいうようにややうれしそうな表情で鍋の中を覗き込んだ後、大根とがんもどきを取った。
先ほどよりは少し落ち着いた水島は、ごくりとビールを流し込んだ。
「お前はいつから結婚紹介所になったんだ」
「結婚も1つの就職みたいなものだろう? 要は妻として、どのように自分が振る舞うか。家事全てを妻がやる時代じゃないから、それは臨機応変に対応すればいいが、夫を支えるのは1つの大きな仕事だ。サポート業務が好きなら、そこに行ってみる価値はある」
小早川はがんもどきをやや大きめに箸で取り、片手を添えてほおばった。
「……そういうこと、いうなよな」
自分が八重子の就職先だなんて考えたくもなかった。
「夢も希望もないことをいってしまったが、もちろん、そんな単純なものではないだろうとは思ってるよ。まあ頑張って」
「……」
小早川の冷めた結婚観は、怒りをしぼませるには十分だった。
水島はギンナンの串を取ると、ぼんやりした様子で元気なくかじった。
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