自分が「言葉にしたくない価値観」には、蓋をしている
自分の持つ価値観を考えようとしたときに「言葉にしたくない価値観」は蓋をしがちだと感じてます。人に聞かれたくない、自分で認めたくない価値観ですね。
ですが「言葉にしたい価値観」だけで自分を認識しようとしても、結局は言葉にしたくない価値観の影響も受けているので、全体像が掴めないんです。
「言葉にしたくない価値観」を他人に開示する必要はないですよ。ただ、自分で認識することはしておいてもイイのかなとも感じるんですよね。
その価値観が自分にどんな影響を及ぼしているかを知るためには、言葉にしたいモノ・したくないモノの双方を盤上に並べるところからかなと思うのです。
両方を認識するから自分を構成している全体像が見えてくる。もしかしたら、良いと悪いの双方を活かすことができれば、より自分らしさが表現できるのかもしれません。
ヒュンケルが闇の闘気を敢えて受け容れ光の闘気を強めようとした場面と同じですね。。。ってこの例えは伝わらんか🙄
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