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「真剣に捉えている他人ごと」は案外多いのかもしれない
「自分ごと」って言葉はよく使われますが、なかなかに捉えようが難しく解像度の粗い言葉だとも感じています。
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「自分ごと」が果たして何なのかをよく分からずに「自分ごとにしてもらおう」と取り組んでみても、図にあるような「真剣に捉えている他人ごと」の領域にたどり着いてしまうと感じています。
「真剣に捉えている他人ごと」って結構あると思うんですよね。ホント何とかなってほしいし、その課題意識も強く感じている。でも自分ごとではない、自分とは距離のある世界の出来事。
だからと言って否定するわけではないのですが、「自分ごと」を目指すなら実は離れたスタンスです。
そもそも「自分ごと」とは何なのかを徹底的に掘り下げることだと思うんですよね。
相手の状況になったつもりで考える自分ごと、実際に自分の身の回りに置き換えて考える自分ごと、コレらは性質が異なっていたりします。
どっちの自分ごとを求めているのか、どっちもなのか、この辺を整理していきたいですよね。
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