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論文紹介 ネットワーク分析で国際テロ組織の構造を分析すると何が分かるか?
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件以降、多くの研究者が国際テロ組織の調査研究に取り組んできました。大がかりなテロ活動には、それに見合った規模の組織が必要であると思われがちですが、実はそうではありません。たとえ緩やかな人的関係であったとしても、巧みに運用できるのであれば、それを大規模なテロ攻撃を遂行する基盤として活用できることが分かっています。
ヴァルディス・クレブス(2002)の報告は、同時多発テロ事件の直後に発表され、今でも対テロ戦の研究で参照されることがある研究です。それは国際テロ組織が強固な人的結合に依存しないネットワーク構造を持ちながら、緩やかに協働できることを明らかにしました。今回はその知見を共有したいと思います。
Krebs, V. E. (2002). Mapping networks of terrorist cells. Connections, 24(3), 43-52.
著者はアメリカ同時多発テロ事件の発生後にメディアで報道された公開情報を収集整理し、事件を起こした実行犯19名が有する社会ネットワークの構造を分析しています。この事件では4機の旅客機が飛行している状態で機内に潜んでいた襲撃チームが操縦室をハイジャックし、操縦するテロリスト自身も死亡することを前提に世界貿易センタービル、国防総省本部庁舎へ機体を突入させるという自殺攻撃(suicide attack)の手口が選択されています。
著者は、この攻撃に参加した個人間の関係の強さを3段階に区分し、彼らの間でどのような社会ネットワークが形成されていたのかをグラフ理論に基づく社会ネットワーク分析(social network analysis)の方法で調べました。その結果、この社会ネットワークを構成する個人間には必ずしも強い繋がりがあったわけではなく、コミュニケーションの効率は全体として悪かったことが明らかにされており、それは外部からの特定を回避しやすい構造だったと指摘しています。
「メンバーのペアの多くは、相互に観測できる視界の彼方に存在していた。活動単位(cell)のメンバー同士、また他の活動単位から距離を置くことで、あるメンバーが拘束され、あるいは他の方法で危険に晒された場合にネットワーク全体への損害を最小限に抑えることが可能となる。ウサーマ・ビン・ラーディンは、アフガニスタンで発見された悪名高いビデオ・テープで、この戦略を次のように説明している。『飛行訓練を受けた人々は他の人々を知らなかった。 ある集団の人々は他の集団を知らなかった。』」
このようなネットワーク構造では、意思疎通や連絡調整のたびに、メンバーが多大な時間と労力をかけなければなりませんが、この問題を緩和するため、著者はテロリストが一時的なショート・カットを利用して、コミュニケーション費用を削減していたことも指摘しています。事件を起こす前にテロリストはラスベガスにおいて会合を持っていたことが確認されており(Ibid.: 47)、事件までの準備期間を通じて6個のショート・カットが利用されていたこと、このショート・カットによって組織のネットワーク全体で平均的な個人間の経路の大きさが40%以上短縮され、情報の流通が大きく改善されていたことが明らかにされています(Ibid.)。
こうした見方は当時のアメリカで共有されていた見方とは異なるものでした。アメリカのメディアでは事件から1か月もたたないうちに、モハメド・アタという実行犯の一人が重要な役割を果たしていたことが注目されるようになっていましたが、著者はこのような分散型のネットワーク構造はわずかな条件の変化でも中心が大きく変わる性質があるため、アタに過度な重要性を見出すことには慎重な姿勢をとっています(Ibid.)。アタさえ拘束できていれば、攻撃を未然に防ぐことができたと決めつけることはできません。
国際テロ組織に対する対策を立てる場合、その難しさを過小評価しないことが重要だと著者は述べています。ただ、ネットワークを構成する全員が同じように特定困難だったわけではなかったとも述べています。ハイジャックを実行した人物のうち、航空機を操縦する知識と技能を習得していた人物については、ネットワークの中でも特に頻繁に連絡を取り合っていたので、彼らはテロリスト・ネットワーク全体で見れば最も脆弱な状態だったと評価されています(Ibid.: 50)、こうした「点」を見逃さないことが、全体のネットワーク構造を特定する上で重要な意味を持つことを著者の分析は示しています。
本研究の限界があるとすれば、やはり分析に用いたデータに限界があることでしょう。しかし、この研究は国際テロ組織に見られる残存性の高さを理論的に説明することに成功しており、現在の事例を考えるときにも参考になります。情報通信技術の発達は、こうしたネットワーク構造を採用しする国際テロ組織の犯罪的活動を特定することをますます難しくしています。
こうした手法は国際テロ組織に固有のものではありません。日本で最近話題になっている「匿名・流動型犯罪グループ」の組織構造にも重なる部分が多く含まれています。また、敵の後方地域で活動するゲリラや特殊作戦部隊を準備しようとする国家にとっても、ネットワーク構造による武装組織の形成が戦略的な選択肢の一つとなる可能性も指摘できるでしょう。
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