研究メモ ユーラシア大陸の外には、もう一つのハートランドがある
20世紀イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーの著作『デモクラシーの理想と現実』ではハートランドという概念が出てきます。これは地政学の議論で頻繁に登場する概念であり、シベリア平原、チベット高原、イラン高原、ウラル山脈などを取り込み、ユーラシア大陸の内陸部を中心とする地域を指して使います。戦略の観点から見ると、この地域は陸上兵力を運用する大陸国家の根拠地となると考えられています。
しかし、マッキンダーの議論では、ハートランドという用語にはかなりの柔軟さがありました。例えば、彼はハートランドがユーラシア大陸にだけ存在するのではなく、アフリカ大陸にも「南のハートランド」があると論じています。
マッキンダーの議論を詳しく調べると、ハートランドという概念を北極海と内陸以外には流れ込む河川を持たない地域という意味で使っていたことが分かります。ユーラシア大陸には海に流れ込む数多くの河川がありますが、マッキンダーが定義したハートランドには海路と接続可能な河川から隔絶されているため、物資の搬送や兵力の移動で陸路を用いなければならないという特性がありました。つまり、マッキンダーは交通路の特性でハートランドの境界を考えていたと言えます(邦訳、90頁)。
この視点から眺めると、アフリカ大陸にも第二のハートランドを見出すことが可能であり、彼自身が「南のハートランド」と命名しています。これは北のハートランドと区別するための仮の名称です(同上、96頁)。この二つのハートランドの間には似た特徴があると説明されています。
マッキンダーは植生に注目しています。北のハートランドには樹木が育たない荒涼とした草原地帯が広がっており、ステップと呼ばれています。マッキンダーは南のハートランドの草原地帯はサハラ砂漠が終わるスーダンの南から始まり、南アフリカまで続いているが、インド洋に接することがないと指摘しています(同上、99頁)。ちなみに、これはサバナのことを指しており、気候区分としてはステップとは異なる熱帯気候の地域であり、雨季には多量の雨が降りますが、乾季はほとんど降水量がありません。
南のハートランドでは交通手段があまり発達しておらず、ステップにおける馬やロバのような家畜動物が飼育されていません。つまり、長距離の物資の搬送や兵力の移動に伴う困難がずっと大きいという点で北のハートランドとは異なっていると言えます(同上)。その背景的要因としてマッキンダーはツェツェバエなどが媒介する風土病の影響を指摘しており、これによって南のハートランドの交通手段は制限されることになったが、さもなければ南のハートランドにも北のハートランドのような優れた交通路が形成されていた可能性が高いと考察しています(同上、100頁)。
マッキンダーの議論では、北のハートランドが戦略的に大きな重要性を持っていることが強調されることが多いのですが、この南のハートランドの議論を踏まえれば、より理解が深まるのではないかと思います。個人的にはハートランドという概念の妥当性に対して批判的な立場なのですが、古典地政学の議論を理解する上で避けては通れない重要な概念であることは確かであり、またマッキンダーがアフリカ大陸をどのように見ていたのかを知る上でもヒントになると思います。
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