つっぱり棒はニッチなままでいい?ヘラルボニーさんに気づかされた「チャレンジする覚悟」
※face book の投稿内容を転載しています。
大好きなヘラルボニーさんのイベントにローマ出張後のボロボロの体で行ってきました。
松田さんのトークセッションで、私が何故アール・ブリュット(≒障がい者アート)が好きだったのか(過去形)、なぜ今ヘラルボニーが好きなのかが分かりました。
アール・ブリュットは滋賀県担当の記者時代に出会いました。アートの正規教育を受けておらず、業界内での評価に縛られず、より本能的かつ衝動的な動機で作られた作品(かよこの解釈です)と言われていました。(≠障がい者アート)得体の知れない生命力や生々しさを感じる作品に、好奇心を刺激されたのがはじまりでした。
その後も原画やグッズに興味はあるものの、このジャンルを商業ベースにうまくのせる会社が出て来ず、滋賀県立美術館のミュージアムショップに行くたびに、「だれか上手いことやってくれないかなぁ」と思っていました。そこに彗星の如く現れたのがヘラルボニーさんで、まさに私がやって欲しかったことを実現してくれているので、すぐにファンになりました。
ところが、今年、大変な出来事が…。
ヘラルボニーさんがルイビトングループのピッチで賞を取ると同時に、リブランディングでロゴを変えてしまったのです。オウンドメディアでアナウンサーの方が愛用されているインタビューを見た時「私のためのブランドじゃなくなった」と、熱が冷めかけました。
同時期に、私自身が転換期に直面しました。ニッチなつっぱり棒屋さんのままでいたいのか?経営者としてビジョンを示すことを突きつけられました。その時、自分は人生においてニッチな少数派であることで、真っ向から1番を取る勝負をして来なかったことに気づいたんです。
そこではじめて、アール・ブリュットが好きな理由が分かったんです。私自身多数派と視点が違っていて、心地悪さを抱えながら生きてきたところがあったので、アウトサイダー的存在を肯定することで自分自身を肯定しようとしていたのです。
「このまま、知る人ぞ知る存在で終わりたいのか」自問自答を繰り返し、たどり着いたのが「違う、自分の理想をちゃんと伝えて、仲間を巻き込んで、理想が当たり前の世の中を作りたいんだ。だから私も変わらなきゃ」言い訳がましいけど、出産後色々あったんですよ。
もう私は会社に必要ない存在やと思って引退も考えた。けどそのトンネルから抜けた今、ニッチを傘に競争を避けるのではなく、1番を目指してチャレンジすることが、私と集まってくれてる仲間の理想を実現するために必要だと。
そんな自分とヘラルボニーさんのチャレンジを重ねることで、今までとは違う方法で勝負をする覚悟が固まりました。
てなわけで、熱冷めは撤回。
女子アナが着てる服、素敵ですよね♡(←ここ、相当認知が歪んでますね)
みんなが当たり前のように憧れるブランドになることを私は応援するし、私もそこに立ちます。
だから、今後もヘラルボニーさんのファンだし、メジャーになることを全力で応援したいと思ってます。ということで、co-ceoの松田さんと購入した原画の前で写真を撮らせていただきました。この絵が10年後、どんなふうに化けてるか、楽しみですね!
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