シャイロックの子供たち

おれの2年間にわたる銀行員生活は終わりを迎えようとしている。
自身のキャリアとか、そういうハード面的な自分語りはあまりしないというか、脳内に発生する何かをなんとか文字に当てはめたものをキーボードに投げる遊びばかりをこのアカウントではしているので、なんだか若干きまずさはあるものだ。
ただまあしかしながら、キャリアチェンジというそこそこ大きな人生の選択が起こった今、それを備忘録として残さなくてはならないという、排泄作文クリエイターとしての使命みたいなものも少なからずあるものである。おれは’’そのときのもの’’を大事にするタイプなので、貰ったお土産を捨てられてしまったらものすごく怒る。同じものを補償してもらってもそれは不可逆的で代替し得ないからである。テセウスの船のパラドックスだったらもう一つの船は違うものと考える方だ。むしろ私がここ数年の中で本気で怒ったのはその時だけで、あとのことは基本的にどうでもいいのである。またハード面以外の話をしてしまった。

おれは営業がやりたいという全く嘘の軸をもとに、就職活動を駆け抜けた。ちなみに本当に営業はやりたくなかったし、やってみてもやっぱり最悪だった。私立文系の自分にはそれしかできることがないと思い込んでいたため、面接官の喜びそうなことを考えていたらいつのまにかそうなっていた。非常に愚かである。案の定、銀行は営業という地獄へのカウントダウンのような場所だった。というのも、銀行営業というものは非常に難解で、新人がいきなり放り込まれることはない。営業職の有名な大変三要素というものがあるのだが、それは ①無形商材 ②法人営業 ③飛び込み営業 である。銀行は奇跡的にすべて当てはまる。まあそういうことですぐに行ってこいということはない。最初は想像するように窓口の預金処理から始まるのだ。口座開設対応、入出金や振り込み、ATMの点検から始まり、相続の処理や外国為替、投資信託の販売までやる。当たり前だが金を数えんのめちゃくちゃ早くなる。あと当たり前に一千万の束とかに日常的に触れるのでだんだんただの紙切れに見えてくる。投資信託販売していると普通にみんな百万単位で購入していくので金銭感覚がだいぶバグる。まあだがしかし、おかげで投信運用は死ぬほど詳しくなるし金に関する大概の一般的な質問には答えられる。

ところで銀行の三大業務というのは、半沢直樹を見ていた人は詳しいと思うが 預金・為替・融資 である。というか前半二つはただのサービスなのだが銀行はとにかく融資を出さないと稼げない。預金で0.002%で集めた金を1%で法人なり住宅ローンなりで貸し出してその利鞘で食っていく卸売業だ。ただこの融資というものが非常に難解。債権者の優越的地位の濫用にならぬよう、法律の網ががちがちに固められている。そのため一歩間違えれば裁判になりかねない地雷が山ほど落ちている。だから銀行員は「かたい」のだ。非常にしょうもない昭和的なルールが死ぬほど存在しているが、これはある意味仕方ないとも思う。まあだがしかし、普通の若い新人営業マンがいきなり企業の代表取締役に謁見できることは、他業種ではありえない。相手が相当大企業でない限りは銀行は基本最低でも経理部長くらいにはいきなり会える。特に中小企業とは持ちつ持たれつなので基本的にぞんざいに扱われることはない。これが債権者パワーである。その中で一代で創業から10億規模の売上まで伸ばした社長の昔話を聞くのはなかなか愉快である。少なくとも勉強して大学を出てかための企業でサラリーマンになるやつとは全然違う人生が覗ける。銀行は本当にいろんな人の人生を覗ける。法人に限らず、個人だってそうだ。無論悪用することはあり得ないが、ありとあらゆる個人情報がわかる。
法人の話に戻るが、企業は決算書というものを作る。これは法人税を申告するためにその会社が今期どれだけ儲けたかを表す書類であり、その会社の財務状態を詳細に説明する。これに出会ったことで私は変わった。様々な偶然が重なって本部に(多分)史上最年初で配属されたのだが、そこで嫌というほど決算書を分析した。これが思いのほか楽しかった。そしてどうやら私には、それを見る力があるようだった。そう判明してからそこからは早かった。速攻で簿記と銀行業務検定財務を取得し、3週間で転職を決めた。今度は本当に’’やりたいこと’’でだ。大学時代のバイトも月2とかしか行かない。それどころか中学校の職業体験すらやりたくなさ過ぎて前日にしくしくしていたほど労働意欲が極限まで低い私がやりたがっているんだからよっぽどだぞ!
転職活動は基本的に無双した。銀行員なんてなんもできないから市場価値は低いのだが、まだ若いこともあって書類さえ通ってしまえばあとは営業で散々鍛えられたお喋りが炸裂していた。面接が終わるごとに絶対通過したわと思っていたし、実際全勝した。逆に、就活の時にいかに稚拙なお喋りしかできていなかったかを実感した。まあやりたくないことを嘘ついて軸にしていたから仕方のない部分もあるが、社長にいらない運転資金を貸していたお願い営業トークは無駄ではなかったのだ。

次は財務系の仕事になる。たまたま本部に異動したところから始まったのだから、何があるかわからないものだ。しかし次の転職先に、新卒で入ろうとしていたら多分入れなかったしましてやコーポレートはやれていなかったのは間違いない。自己正当化はかなり気を付けているのだが多分、一発目で銀行に行ったからつながった道である。銀行で働くことはかなり苦痛であったが、銀行で働いた選択自体は総体でみると結構間違っていなかったのかもしれない。まあしばらく頑張ってみますよ。

という、作文のリハビリ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?