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歴史スポット溢れる滋賀県のご当地怪談『滋賀怪談 近江奇譚』(旭堂南湖/著) 著者コメント+試し読み1話

血生臭い歴史が繰り広げられ現在も怪異が多発する、滋賀県!

内容・あらすじ

棺桶に遺体が入らないので力任せに手足を曲げたら…〈甲賀市〉

床下から首のない地蔵が掘り起こされた! 〈東近江市〉

譲り受けた茶道の釜に老侍の生首が…〈長浜市〉

漁をしていたら全身が透き通った死骸が浮かんでいた〈琵琶湖〉

家賃の安いマンションに引っ越したら、事故物件だった〈大津市〉

「怪談最恐戦」にも参加、独特の怪談話を披露した話術の巧みである、滋賀県出身の講談師、旭堂南湖。
地元愛を爆発させつつ歴史ある滋賀の怪談奇譚を書き綴った怪談本。
・漁師の祖父が奇妙な体験した50年前のある夜「琵琶湖の魞漁
・家の神棚の下に埋められているという石、掘り出そうとしたら…「床下の明神石
・滋賀ではよく見かける飛び出し防止の看板、それにまつわる奇妙な話「飛び出し坊や奇譚
・山で遭遇した黒い靄が一人の登山客を覆うと…「綿向山の黒い靄
また、講談口調で怪談を綴る「講談・村正の鎌」も収録。
じんわり怖いと不可思議が詰まった滋賀を堪能あれ。

著者コメント

 講談師の旭堂南湖です。
 滋賀と聞いて、どのような印象をお持ちでしょうか。
 滋賀県民ならば溢れるほどの滋賀愛を語ってくれるでしょうが、他府県の方はピンとこないかもわかりませんね。
 かろうじて「琵琶湖」と呟くぐらいでしょうか。
 滋賀は京の都に近く、東海道や中山道、琵琶湖水運もあり、交通の要所でしたから、歴史の舞台にたびたび登場します。
 激しい合戦も行われました。賤ヶ岳の合戦、姉川の合戦では、血は流れ大河となり、死骸は積んで山となったそうです。史跡も多く残っています。
 国宝・国指定重要文化財の指定件数は全国四位です。
 一位が東京、二位京都、三位奈良、四位が滋賀なのです。
 寺社の数は、人口割では滋賀が全国一位です。貴重な仏像も豊富にあります。
 歴史のある滋賀で語られた怪談・奇譚があります。
 怪談・奇譚三十四編、講談速記二編、収録されています。
 本書を読んで滋賀に興味を持ち、訪れる人が一人でも増えることを願っています。

試し読み1話

耳によみがえる音(甲賀市) 

 令和の現代では、人は死ぬと火葬場で焼かれる。しかし甲賀こうか市では、現在でもごくわずかだが土葬の風習が残っている。これは非常に珍しいことだ。
 九十歳になるOさんは、祖先はもとより、祖父母や両親も土葬だった。
 本人も土葬を希望しているが、息子さんや娘さんは火葬にしたいと言っている。
 土葬は火葬に比べて労力がかかって大変なのだ。棺桶を埋めるために土を掘らなければいけないが、これが重労働。しかも土を掘ると遥か昔に土葬された骨が出てくるので、場所を探すのも大変。そして棺桶は火葬の時に使う寝棺ではなく、座棺である。
 亡骸なきがらは座棺の中に胡坐あぐらで合掌をさせるのだ。

 Oさんはこどもの頃の葬式の記憶を話してくれた。
 野辺の送りの時。田んぼの畦道を大勢の人が皆、黒い服を着て歩いている。賑やかそうに感じたのは、大人に混じって大勢のこどもも歩いていたからだ。こどもたちは後でお菓子が貰えるから一緒についていく。
 青空には大きな入道雲があって、カラスが十数羽、ギュエェーギュエェーと奇妙な鳴き声を上げながら飛んでいる。
 ぼんやり葬列を眺めるOさんのねき(隣)に、いつの間にか白い着物のお爺さんが立っていた。
 Oさんがお爺さんの顔を見上げて訊いた。
「誰のそうれん(葬式)やろ」
「わしじゃ」
 お爺さんが行列に向かって歩いていき、Oさんはその場に尻もちをついた。

 また、こんな記憶も話してくれた。
 Oさんの祖父が亡くなった時のこと。当時としては珍しかったのだが、祖父は身長も高いうえにたいそう太っていた。座棺は大きさが決まっていて、昔ながらの小柄な日本人なら納まるが、大柄な祖父の体が入らない。そのうえ死後硬直も起こっている。
 親類のおじさんが、
「おっさん(和尚)が来て念仏を唱えたら、体がタコみたいに柔らかくなる」
 というので待っていると、和尚がやってきて念仏を唱えて祖父を座棺に入れようとする。しかし、ガチガチに固まった大きな体はどうにもならなかった。
「しゃあないな」
 親類のおじさんが、力任せに関節を折り始めた。
 ボキッ、ボギィイ、ボォギィ――
 無理やり祖父の体を折っていると、突然、祖父の口から、
「グゲェ、グゲェ」
 蛙が鳴くような声が漏れた。
 Oさんはびっくりしてその場に尻もちをつき、小便を漏らした。
「この子は何をしてんねんなあ」
 母親に怒られた。仏間を出て、箪笥から下着を出して着替えて戻ると、祖父はまだ棺桶に入っていない。
 ボゲッ、ギュギィイ、ボォギイイ――
 関節を折る音が響くなか、
「こどもがいつまで起きてんねん。はよ寝え」
 と母親に叱られて自室へ戻り、真っ暗ななか布団に入る。
 ボキィ、ボギィイエ、ボボボォギィイ――
 関節を無理やり折る音がずっと聞こえてくる。
 それからは布団に入って目を閉じると、どういうわけか頭の中で、あの音が聞こえるようになってしまった。
 ボゲッ、ギュギィイ、ボォギイイ――
 ボキィ、ボギィイエ、ボボボォギィイ――

 Oさんは言っている。
「八十年近く経った今でも、時折、あの音が聞こえる」

 後日、息子さんからOさんが亡くなったと知らせが届いた。
 朝の散歩中、交通事故に遭ったそうだ。き逃げだった。
 一台の車にはねられ道路に倒れたところ、後続車がOさんの体を轢いた。 
 最初にはねた車はそのまま逃走して行方が知れない。
 息子さんが現場へ駆けつけ、大量に血を流して倒れている父親を見た時、「ああ、これはダメだ」と悟った。
 Oさんの体は四肢の関節が折れていて、すでに息絶えているのが見て取れた。
 息子さんの頭の中には、妙な音が鳴り響いた。

 ボゲッ、ギュギィイ、ボォギイイ――
 ボキィ、ボギィイエ、ボボボォギィイ――

 あ、父さんが言っていたのはこの音か。
 息子さんは妙に納得したという。結局、Oさんは火葬にされたそうだ。

―了―

著者紹介

旭堂南湖 (きょくどう・なんこ)

講談師。滋賀県文化奨励賞受賞。東大阪てのひら怪談優秀賞受賞。「怪談最恐戦2019」ファイナリスト。著書に「旭堂南湖 講談全集」、共著に「怪談四十九夜 病蛍」など。

ご当地怪談シリーズ好評既刊