最恐心霊スポットから河童とアマビエ伝説まで火の国のご当地怪談決定版!『熊本怪談』(久田樹生/著)収録話「廃ホテル」+コメント
熊本県の知られざる怪を深掘りするご当地怪談ミステリー!
あらすじ・内容
天草の乱や西南戦争の激戦地・田原坂など戦火の歴史から生まれた怪スポットを数多く有する一方、河童渡来の地、アマビエ顕現の地と古くから神妖にも愛された土地、熊本県。
そんな火の国の知られざる怪を深掘りするご当地怪談ミステリー!
・自殺多発、阿蘇大橋の色をめぐる怪奇(南阿蘇村)
・五木の子守唄は呪歌だった!?(五木村)
・解いてはならぬ謎。天草の隠し財宝の呪い(天草諸島)
・何も持ち帰ってはならぬ―田原坂の禁忌(熊本市北区植木町)
・熊本城の銀杏と加藤清正の予言(熊本市中央区)
・最恐心霊スポット、S病院(熊本市)
・馬を食べてはいけない一族(熊本市)
・高塚山の山頂でお百度参りをする女霊(人吉市)
・模写?祟りをもたらすもう一つの幽霊画(人吉市)
・ループ橋に浮かぶ赤い女の顔(人吉市)
・道の駅坂本で目撃された謎の光(八代市)
・アマビエを金儲けに使った男の末路(八代市)
・公式心霊スポット?遊園地のお化け屋敷(荒尾市)
他、怪と不思議の実話大収録!
著者コメント(久田樹生)
試し読み1話
「廃ホテル」
阿蘇エリアには廃ホテルが存在する。卑弥呼の里や阿蘇観光ホテルである。
卑弥呼の里はホテル部の営業開始前に潰れ、その後廃墟となった。
ホテル部分を含め、複合型リゾート施設として運用する予定であったようだ。
以来、心霊スポットファンや廃墟ファンが足を運んでいる。
ここを訪れた人たちに話を聞くと「前に立つだけで鳥肌が立った」「内部を覗くと何かが動いている気がした」「後ろから呼ばれたので振り返ると誰もいなかった」など、様々な体
験を耳にすることができた。中には心霊写真が撮れたなどの報告もある。
そして、もうひとつの阿蘇観光ホテル。
ここは三角の――赤い切妻屋根が特徴の、格式高いホテルだった。
歴史深いこのホテルには、昭和天皇もお泊まりになっている。
その後、一九六四年に火災が起こった。新棟が建築されたものの、時代が変わると共に経営が悪化。二〇〇〇年に閉館したのである。
別棟の二棟は解体されたが、本館は震災後も現存している(ただし、崩落・崩壊の危険が増したので、立ち入り禁止のプリントが貼られた)。
ここも廃ホテル・廃墟にありがちな荒れ方をしている。
壁面にはグラフィティや落書きが並び、窓は全部割られた。内部は床も壁も荒れ果て、破壊の痕跡が多数残されている。また、独自の飾り付けを行う輩も多いらしく、ときどき
オブジェ的なものにも出会う。
どれもやってくる者が多い証左だ。
廃ホテルの宿命か、当然の如く心霊スポットと化したが、どうしてそんなことになったのか理由は判然としない。
稲川淳二氏が訪れたことに加え、清水崇監督が「輪廻」の撮影に用いたからとも聞く。
これにより〈ここは心霊スポットなのだ〉と万人が認識してしまったのだろうか。
一度有名心霊スポットと化した場所は、何時までも〈そういうこと〉になってしまうのだろう。今も阿蘇観光ホテルは怖い場所として恐れられている。
古沢さんも阿蘇観光ホテルへ訪れたひとりだ。
彼女は友人達に誘われて、熊本市内から車に乗り合わせてやって来た。
真っ暗な中、浮かび上がる廃ホテルのシルエットは、実に圧力があった。
内部に入った途端、正直、二度と来たくないと思ったほどだった。
ある程度見て回った後、帰路に就く。運転席と助手席は友人カップル。後部座席は古沢さんとその友人の女性だった。
左右を木々に挟まれた緩い下りカーブを進んでいると、助手席の友人が大きな声を出す。
明らかな狼狽を見せる彼女に、運転手の彼氏がスピードを緩めながら、どうしたのか、何かあるのか訊ねる。
「あそこ!」
友人は、ヘッドライトに照らされた道のずっと向こうを指差した。
しかし何もない。左側に車が停められそうなスペースはあるくらいだ。
分からないという皆の声に、彼女は焦れた声を上げた。
「人居る! ボロボロの人!」
若い女性の後ろ姿だ。フレアスカートだが、一部破れている上、泥だらけになっている。
足下は裸足で、何も履いていない。肩までの明るい色の髪も乱れている――らしい。
しかし誰もそれを目にすることができない。
彼氏が車を一時停止した。その瞬間、助手席の友人はドアを開ける。
「助けないと!」駆け出す彼女の後を古沢さんは追いかけたが、やけに足が速い。どんどん引き離される。やっと捕まえることができたが、その顔には疑問符が浮かんでいた。
「……いなくなっちゃった」
脇の方へ飛び込んだのではないかと、友人は藪の中へ踏み込もうとする。
誰も居なかった、そこへ入った人も居なかったと古沢さんが強く言った途端、ああ、と友人は声を出す。ノロノロ車まで戻った後、彼女は皆に謝った。
「私が見間違えたけん。ごめん」
その場はそれで終わったが、やはり全員の中にしこりのようなものが残った。
後日、助手席に座っていた友人から、あの時見た女性についての印象を聞かされた。
「なんか、誰かに襲われた後みたいな……もう見ているだけで痛々しい姿だった」
だから助けたかった。しかし外に出て走っている最中、その姿を見失ってしまった。
女性が立っていたとおぼしき地点に着いた後、古沢さんに諭され、そこで初めて自分がとんでもないものを見ていたのだと自覚できた、だから謝ったのだと説明された。
その後、助手席の友人は彼氏と別れた。
原因についてはあまり触れたくない部類のものだった。
そして彼女は現在関東で暮らしている、はずだ。
年に数度あった連絡も途絶え、遂にはメールも電話も通じなくなった。
世界的疫病の後、今、友人がどんな生活をしているのか、古沢さんには分からない。
―了―
編著者紹介
久田樹生 (ひさだ・たつき)
1972年生まれ。九州南部を拠点に、実話怪談の執筆、実録怪異ルポ、ホラー映画のノベライズ等にて活動。怪談は現地取材をモットーとし、全国を駆け巡る。代表作に『南の鬼談 九州四県怪奇巡霊』『仙台怪談』、『忌怪島〈小説版〉』『犬鳴村〈小説版〉』ほか東映「村」シリーズなど。