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大分在住の著者が徹底調査!大分県のヴァナキュラーなご当地怪談『大分怪談』(丸太町小川/著)著者コメント+収録作「首くくりの木」全文掲載
土地の歴史とリンクする現代の怪奇談!
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あらすじ・内容
大分在住の著者が徹底調査!
犬神憑きから異形の棲まう山まで、大分県のご当地怪談決定版。
「女の子から声をかけられても車に乗せないでください」
神楽女湖の恐怖看板はただの都市伝説なのか?
「敷地内から、とある山を指さしてはいけない」
大分県西部の施設に伝わる禁忌の真相
「木の前を通ると見えない手が首を絞めてくる」
別府市小鹿山周辺の呪われた木
などなど、大分県在住の著者が県内各地をめぐり採話した豊後国、大分県の怖い話が満載。
中津市八面山大池付近に散らばる不気味な髪の毛の瓶…「かみのびんづめ」
大分県西部の某施設に伝わる禁忌、敷地から指をさしてはいけない山とは…「山を指さす」
別府市小鹿山周辺の呪われた木の怪…「首くくりの木」
妻の亡骸をミイラにした男の末期…「妻を塗り固める」
国東半島の祟り神に纏わる伝承…「コイチロウサマ」
大分ではインガミと呼ぶ犬神使いの恐ろしき術…「犬神」
宇佐市に遺る鬼の伝承と若者の恐怖体験…「鬼のミイラ」
竹田市にある豊後岡藩の処刑場の石柱の祟り…「処刑場跡」
他、土地の歴史伝承を紐解き、現在の怪異との因果を浮かび上がらせる戦慄のご当地怪談!
著者コメント
温泉湧出量日本一を誇る「おんせん県」である大分県は、歴史的には独特の神仏習合文化が花開いた地であり、鬼にまつわる伝承の宝庫でもあり、そしてまた、犬神信仰の色濃く遺る地でもありました。本書は、そんな大分県に在住する筆者の聞き取り・取材にもとづく現代のいわゆる「実話怪談」や、古くからの伝承・民話を典拠とした怪談話など二十四話を収録しています。日常と地続きのヴァナキュラーな怪異をぜひお楽しみください。
試し読み1話
首くくりの木 別府市小鹿山周辺
そういう話って、たいてい尾ひれがついて、大袈裟なものになりますよね。だからほんと、眉唾モノだよなあって思っちゃうんですよ。丸太町さんには悪いけど。
と、怪談の類いに冷ややかな麻衣さんが、それでも語ってくれたご自身の体験談である。
先に触れたのとは別の、大分県内のとある少年自然の家に向かう道中に「首くくりの木」とよばれる一本の木が立っていた。学校行事で少年自然の家に向かう際などに送迎のバスから見えていたとのことで、今三、四十代くらいの世代の間では不気味な木としてよく知られた存在だったようだ。
なんでも、青々と茂る森林の中、その木だけが枯れて(または禿げてとも)おり、遠目にも目立ったのだという。また、その枯れ具合や佇まいが妙に気味悪く、いつの頃からか、この木で首をくくって自死する者が絶えないという話になったのだそうだ。
それが事実なのかどうかは、わからない。
ただ、これもいつ頃かは定かではないが、どうやら枯れたか切られたかしたらしく、現在、この木はもう残っていない。そのため、具体的にどこにどのように立っていたのか、一体どのように不気味だったのかは判然としない。
麻衣さんが小学四年生だった頃。もちろん、当時の彼女もこの木にまつわる話は知っていたし、実際に木を見たこともあった。
林間学習のために学校のみんなと貸し切りバスで少年自然の家に向かう道中、件の「首くくりの木」が見えてきた。「ああ、あの木だ。やっぱりなんだか怖いな」などと思いながらぼうっとその木の方を見ていると、首のあたりがわずかにじわっと温かくなるような、そんな違和感を覚えた。
おやっと思い、隣の座席の彩さんに話しかけようとしたところ――
声が出ない。
ついさっきまで普通に話せていたはずなのに、なぜか呼気がするすると口から漏れ、声帯を震わすことができない。驚きつつ必死に声を出そうとしていると、彩さんの方でも異変に気づいたらしく、こちらの顔をのぞき込む。
「えっ」
ただ口をパクパクさせているだけの麻衣さんの様子に彩さんも驚いたようで、その驚嘆はすぐに周囲の児童たちにも伝播した。声が出ないらしいということはすぐに理解されたが、といって小学生にはそれに対処するすべもない。
そのまま無為に時間が過ぎる。三分ほどか、五分はあっただろうか。バスは「首くくりの木」が見えないところにまで進んだ。すると再び、急に麻衣さんの声が出るようになった。それこそ、何事もなかったかのようにだ。
まあ、それだけの話なので、単に喉の調子が悪かったのか、行事に向かう高揚感もあって、曰く付きとされた木を見たことをきっかけに、ちょっとしたパニックのような感じになったのか。
実際、そんなところだと思うんですけどね。
と、ここまでが麻衣さんが当時体験した話なのだという。
ただ、この話にはいわゆる「後日談」的なものがあるんですよ。
問題は、そこなんです。
含み笑いを見せながら、麻衣さんが続ける。
この体験のことは、もちろん記憶にはありながらもとくに気にすることなく日々を暮らし、いまや三十代もなかばを過ぎた。ある時、この小学校の同窓会があって麻衣さんも出席した。懐かしさからさまざまに思い出話が花を咲かせるなか、ふと何の気なしに、麻衣さんがこの体験のことを話題に挙げた。
驚くまいことか、この件についてはむしろ同窓生らの記憶にこそ鮮烈に刻み込まれていたようで、彩さんをはじめ、当時周囲にいた複数の同窓生たちが口々に、興奮気味にその時の状況を語り始めた。
「ああ、覚えてる! あれはほんとに、僕も怖かったよ!」
そうよ、急に声が出なくなって、本人であるわたしが一番怖かったわよ。
「そうそう、急に口をパクパクさせはじめて、隣にいて何事かと思ったわよね」
必死で助けを求めたんだけど、なぜか声だけが出なかったのよ。他には何の異変もないのに。
「俺がいまだに不思議に思うのは、後ろに誰もいなかったことなんだよ。そもそも麻衣ちゃん、あのとき窓側に座って通路側を向いてたわけだから、後ろに誰かいるはずはないんだよ」
後ろがどうかとか、関係ある? 誰もいないってなによ?
「そうそう、誰もいないはずの後ろから、どういうわけか首を絞められて……」
首? いやいや、声が出なくなっただけよ。
「麻衣ちゃんの顔が、みるみる赤黒くなっていくのを見て、私、ほんとどうしようかと……」
んん? なんか違くない? だから、たんに声が出なくなっただけで……
「ああ。で、あれ以降しばらくは、はっきりと人の手で首を絞められたようなアザが残ってたもんな。後ろに人がいるなんてこと物理的にありえないし、よしんば誰かがもぐり込んだんだとしても、あんなに強く人の首を締めるなんて。冗談の域を超えているというか、全く、常軌を逸してる。結果的に何事もなくて良かったよ。ほんと、あれは一体、何だったんだろうな」
こんな話になってたんですよ、と言って麻衣さんはあきれたように鼻を鳴らす。
ただ声が出なくなったというだけの話が、首を締められただとか、アザができただとか。
たしかに一時期、首回りに炎症だか湿疹だかが出来たことがあって、皮膚科に通ってはいたけれど、それはたしか……もう少し後だったか、とにかく、四年生の時ではないはずだしね。
当の本人が、何が起こったかをちゃんと記憶しているのに。
ほんと、世の中のこういう話って、いい加減なものでしょ?
―了―
著者紹介
丸太町小川 (まるたまち・おがわ)
大分県在住、京都に工房をかまえ、フィールド・レコーディングや音響構成に取り組む傍ら、ヴァナキュラーな怪異を求めて身近の奇談・怪談を収集中。主な著書に『実話拾遺 うつせみ怪談』、参加共著に『実話怪談 牛首村』、『呪術怪談』、『実録怪談最恐事故物件』など。
好評既刊
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