宿命の不気味 予備校生金属バット殺人事件【後編】
算命学とは、古代中国で生まれ、王家秘伝の軍略として伝承されてきた占術。恐ろしいほどの的中率をもつその占いは、生年月日から導く命式で霊感の有無、時には寿命までわかってしまうという。
本企画は、算命学の占い師・幽木武彦が怪奇な事件・事象・人物を宿命という観点から読み解いていこうという試みである。
今回は受験戦争という言葉がクローズアップされた予備校生金属バット殺人事件。
まずはこちら、前編をご覧ください。
序
前編から間隔が空いたことを、まずお詫び申しあげる。
お待たせしたが、さて、後編だ。
落ちこぼれの予備校生が、エリートの父親と母親を金属バットで惨殺した「予備校生金属バット殺人事件」。
前編では、犯人である「予備校生(当時20歳)の宿命」と、それとは180度異なる「父親(当時46歳)の宿命」の、あざやかとさえ言えるコントラストについて紹介した。
今回の後編では、事件が発生した「1980年」、あるいは「1980年11月29日」に、親子それぞれにどんな運気が回ってきていたのか、運勢的な視点から二人にスポットを当ててみたい。
まずは、父親だ。
父親の1980年
すでに、みなさんおなじみの「五柱法」。
宿命三干支(右から、年干支、月干支、日干支)に、10年に一度変化する「大運干支」(父親の場合は、41歳時から「辛未」が回ってきていた)と、その年の年運干支「庚申」(万人共通)を加えて、その年の運勢を見るものだ。
一見し、どう考えても波乱はまぬがれにくい、そんな年に私には思えた。
なんと言っても気になるのはここだ。
父親の月干支「丙寅」と、この年回ってきた「庚申」が「天剋地冲」という破壊力最大級の「散法」を発生させている。
「天剋地冲」とは、天干(十干)の「丙(火性陽干)」と「庚(金性陽干)」が「火剋金の七殺」という激しいぶつかり合いを発生させ、地支(十二支)は地支で「寅(月で言えば2月)」と「申(8月)」という真逆にあるもの同士の激突「寅申の冲動」を発生させる、天(精神)もガタガタなら地(肉体)もガタガタという、超弩級の破壊現象。
しかも不気味なことに、
この年めぐってきた「庚」は、父親の命式ではなにを意味するのかと言えば、なんと「子供」。
そして月干支は「家系」を意味するため――
「子供が家系を破壊しにやってくる年」と読むことができる運気なのである。
押しも押されもしないエリート一族だったこの家の誇り=「家系」は、たしかにこの年、ひとりの「子供」によって、完膚なきまでに破壊された。
しかも、この年父親にめぐってきているのは「天剋地冲」だけではない。
父親の日干は「甲戌」なので「申酉天中殺」の宿命。
そして、この年回ってきた十二支は「申」。
つまり父親は、天中殺の時に息子に殺害されたのだが、「庚」が子供だということは、「子供中殺」。
明らかに「子供によって大きな中殺現象が引き起こされる」という運気の時に、忌むべき事件は起きたのだった。
その上「庚」という十干は、父親にとっては「名誉」も意味する。(庚=車騎星=名誉)
ということは「名誉中殺」でもあるということ。
この年の父親は、自分の子供によってなんらかの中殺現象が引き起こされると同時に、おおいに名誉をそこなわれかねないトラブルの暗示までもが、しっかりと出ていたことになる。
予備校生の1980年
つづいて、犯人である予備校生の運気を見てみよう。
同じく「五注法」。
予備校生はこの年から「丙戌」に支配される10年間が始まったばかりだった。
ちなみに予備校生は「戌亥天中殺」なので、なんとこちらは20年間の天中殺の幕開けの年での転落、ということになる。(30歳からは「丁亥」が回る)
大運干の「丙」は、予備校生にとっては「名誉」を意味する。
なので、こちらもまた「名誉中殺」。
運勢が暗示したとおり、エリート一族の一員だった予備校生の名誉は、たしかにこの年、地に落ちた。
しかもここに、事件が発生した「1980年11月」の月運干支「丁亥」と、この年の「11月9日」の日運支「丙戌」も加えてみると――
年運支(庚「申」)こそ「天中殺(戌、あるいは亥)」ではないものの、あとはすべて天中殺(大運天中殺「戌」、月運天中殺「亥」、日運天中殺「戌」)。
その上、大運干支と日運干支が同じ「丙戌」なので、つまるところこれは「律音」となり――
・リセット
・人生のやり直し
・再出発
といった象意がいつになく強くなる、そんな「運命の日」(しかも強烈な「天中殺の三重呪縛」)に、予備校生は金属バットを手にしたのである。(煩雑になるのでくわしくは言及しないが「準・律音」も発生しているので「律音」のエネルギーはさらに強くなってもおかしくない)
――以上が事件の起きた「1980年」、および「1980年11月9日」の、父と息子の運勢だ。
印象的なのは、親子そろって「名誉がメチャメチャになりかねない、不安定きわまりない運気」の中での凶行だったこと。
算命学を日々の地図にして生きている人間など、もちろん限られている。
また、たとえこの親子が算命学というものを信じ、その示唆にしたがいながら生きていたとしても、事件を防げたかどうかは分からない。
だが、いつも思うことではあるのだが、算命学が冷徹に示すものを見て、私は今回も「なんなんだ、これは……」と言葉を失う気持ちになるのである。
おわりに
事件が発覚したとき、捜査に乗りだした刑事たちは「よくよく恨みのあるやつがやったこと」と断定したという。
だが捕まえてみると、犯人の予備校生にそこまでの自覚はまったくなかった。
そこにこの事件の底知れぬ闇がのぞいている――というのが『金属バット殺人事件/佐瀬稔』の解説で評論家の佐高信が指摘したことだが、衝撃的だったこの事件から、はや40数年。
令和の時代の「底知れぬ闇」は、もはやカオスの趣を呈している。
ー完―
参考資料:
書籍『金属バット殺人事件/佐瀬稔』(読売新聞社)
書籍『囚人狂時代/見沢知廉』(ザ・マサダ)
書籍『日本凶悪犯罪大全217/犯罪事件研究倶楽部』(イースト・プレス)
著者紹介
幽木武彦 Takehiko Yuuki
占術家、怪異蒐集家。算命学、九星気学などを使い、広大なネットのあちこちに占い師として出没。朝から夜中まで占い漬けになりつつ、お客様など、怖い話と縁が深そうな語り部を発掘しては奇妙な怪談に耳を傾ける日々を送る。トラウマ的な恐怖体験は23歳の冬。ある朝起きたら難病患者になっており、24時間で全身が麻痺して絶命しそうになったこと。退院までに、怖い病院で一年半を費やすホラーな青春を送る。中の人、結城武彦が運営しているのは「結城武彦/幽木武彦公式サイト」。