2021年11月9日
1日1話、実話怪談お届け中!
【今日は何の日?】11月9日:119の日
119と言えば、消防や救急を呼び出す電話番号。「119」を11月9日と見立てて、当時の自治省が記念日に制定しました。
さて、今日の一話は?
「耳よりな話」
英子さんは白いミュージックプレイヤーを愛用している。一台で千曲以上入るのだが、そんなに沢山の曲は入れていない。好きなアルバムを、そのときの気分で三枚ぐらい入れているだけだ。
それが今朝は見当たらない。
「あれ? お母さん、私のあれ知らない? 音楽聴く白い奴」
「ごめんねー。昨日一緒に洗濯しちゃったのよ。今、そこで乾かしてるけど……もし壊れちゃったら新しいの買ってあげるから、許して」
問いかけられた母親は、手を合わせ、洗濯してしまったことを英子さんに詫びた。居間のサイドボードの上にティッシュペーパーに包まれたプレイヤーが置いてあった。
「そっか……仕方ないね」
学校への行き帰りで音楽を聴くのは習慣になっているが、友達が一緒にいれば友達と話をする。だから実際には一人になる三十分ほどの間しか音楽を聴いている時間はない。そもそも洗濯した母親には罪はないのだ。ポケットに入れっ放しにしていたのは自分なのだ。
暫くは我慢するしかないかと、その日はそのまま学校に行った。
一週間が経った。
そろそろ乾いただろう。運が良ければ動くはず。
そう思って試しに電源を入れると、液晶のバックライトが光った。壊れていないようだ。
良かった。
胸を撫で下ろし、早速パソコンに繋げて充電する。曲の転送も問題なかった。
翌日、普段通り学校にプレイヤーを持っていった。その帰宅途中でのことである。
――そうだ、今日はプレイヤー持ってきたんだった。
最近音楽を聴いていなかったのでうっかりしていた。
最寄り駅で下車すると、英子さんは歩きながら片方のヘッドフォンを左耳に押し込んだ。
途端に左肩の辺りに重苦しい気配を感じた。〈あちら側〉の気配だと直感した。
男性の気配が自分の左後ろに急激に凝り固まると、自分にぴったりとくっついてくる。
実在する男性の気配ではない。〈あちら側〉の人だ。だからどうすることもできない。振り返るのも怖い。歩みが自然と速くなった。
片耳から垂らしたままのヘッドフォンケーブルが一歩ごとに大きく揺れる。選曲もしていないのに突然音楽が鳴り始めた。
左耳のヘッドフォンから流れる曲は、今まで聴いたこともない憂鬱な音楽だった。
――入ってくる!
曲に乗るようにして、自分の左後ろに張り付いていた気配が耳から頭の中にするすると入ってくるのが分かった。
ヘッドフォンを耳から抜こうとしたが、身体が動かせなかった。立ってもいられない。
完全に中に入られてしまった。自分の頭の中に〈あちら側の存在〉がいる。
強烈な悲しみの感情に支配された。訳もなく悲しい。声が出せない。呼吸が速くなる。胸が締め付けられる。苦しい。
――死にたい。
ぼろぼろと涙が流れた。壁にもたれかかったまま動けなくなってしまった。
「英子ちゃん! どうしたの!」
どれぐらいそうしていただろう。聞いたことのある声に呼びかけられた。母の友人の声だ。しかし返事もできない。
「今、看護士さん呼んでくるからね!」
そう言われたことで、自分が今、病院の壁にもたれていると分かった。
担架が来て救急に運ばれた。暫くすると友人からの連絡を受けた母親が駆けつけた。感の強い英子さんは、子供の頃にも何度か憑依された経験があり、今回も同じだと直感したらしく、清めの水を持ってきていた。
それを一口飲んで、英子さんはやっと言葉が出せるようになった。
プレイヤーをポケットから出すと、
「これ……捨てて……」
母親にそれだけ伝えるのが精一杯だった。
その後、英子さんは神社に頼ったが、暫くの間、その〈男〉は英子さんの中に留まっていたという。
★
――「耳よりな話」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より