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エブリスタ小説大賞受賞作!最強バディが希代のシリアルキラーと頭脳戦に挑むサスペンススリラー『レクターガール・サイコ』あらすじ紹介&冒頭を公開!
西彩子、胎児を喰らう連続殺人犯の娘。
――人呼んで、レクターガール。
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あらすじ紹介
【サイコパスの少女】×【ピアノ好き刑事】
小説投稿サイト・エブリスタ小説大賞の最恐小説部門で
エイベックス・ピクチャーズ賞と審査員特別賞をW受賞した話題作が登場。
最強バディが希代のシリアルキラーと頭脳戦に挑むサスペンススリラー!
***
「私は人間(ひと)であることを諦めない」
西彩子(にしさいこ)、連続殺人犯の娘。人呼んでレクターガール。
現代のエリザベート・バートリと言われた連続殺人鬼を母に持ち、
自身は肉体的に痛みを感じない特殊体質と常人とは異なる脳波を持つ天才サイコパス。
彼女は戦う。自由であるために。
彼女が彼女であるために。
***
妊婦ばかりを狙った連続殺人事件の重要参考人とされたのは16歳の少女、西彩子。
4年前に同様の事件で逮捕され、拘留中に自死したシリアルキラー西玲子の遺児である。
彩子は6本の指を持つ手で美しいピアノを奏で、非常に高い知能を有する一方、痛覚の一切を持たぬサイコパスであった。
彩子を調べ始めた刑事の河口は、4年前の事件と今回の事件は同一犯であり、玲子でも彩子でもない真犯人がいると睨む。
同様に4年前から事件を追ってきた彩子は河口とタッグを組み、恐るべき事件の真相に立ち向かっていく……。
本文冒頭(抜粋)公開
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富士五湖と呼ばれる富士山を取り巻くように点在する五つの湖の中で、山中湖は最も大きく観光客も河口湖についで多い。もちろん山中湖の湖畔から見える富士山は絶景と聞こえが高いのも観光客が集まる理由だろう。周辺の標高はおよそ一千メートル。夏は涼しく快適だが、標高の高さ故の空気の薄さを、敏感な人間なら感じるかもしれない。
そして、十一月の今となればまだ秋だというのに、底冷えのする寒さを誰しもが覚えるに違いない。一都六県からほど近い避暑地としての賑やかさはなりをひそめてしまっており、夏場の盛況をうかがい知ることはこの時期には不可能だ。
河口高嶺は長身の身体を屈めて、ゆっくりと車から降りると身震いをする。寒い。東京とは雲泥の差だ。
夕方、まだ明るいのに霧が出ているようだった。標高から考えると、海抜〇メートルの場所からこの霧を見れば、きっと雲にしか見えないだろう。
この雲の中のどこかで、「彼女」は暮らしているらしい。
「吉田さん、本当にこのあたりなんですか?」
「ああ。地図上ではな。ちょっと、コンビニかどっかで訊いてみるか」
助手席から降りて自分と同じように寒そうにする吉田宏太は河口の五年先輩にあたる刑事だ。河口も刑事になってもう五年経つが、長身でも、童顔で優男の印象なので、いまだに学生と間違えられることすらある。そんな河口とは違い、吉田は中肉中背だが線も声も太く、どこから見ても刑事らしい貫禄があった。そんな吉田の雰囲気に河口は憧れている。
その吉田が身を縮こませて寒そうにしている。河口はもっと前で停車するべきだったかもしれないと思った。どうもこれ以上先は私道のようだし、徐々に細くなる道がどこまで続いているかさえも、かなり心もとない。富士パノラマラインを走っている時は簡単にたどり着けると思ったのだが、ほんの一本奥まった道に入ると、どこか迷路のようでもあった。
「すいません。コンビニ……。地図上だとさっき見かけたやつが一番近かったみたいです」
「そうか。一度電話して確認してみるわ」
吉田は車内に戻って電話をかけた。河口も車内に戻ろうとしたのだが、どこからともなく音が聞こえその音に気を取られた。
河口はその音が気になってたまらなくなり、車の側から離れた。舗装されていない田舎道の泥に、革靴で来たことを少し後悔するが、できることなら学生に間違えられることを避けたい河口は、いつもきっちりとしたダークスーツを着ることにしているので革靴は必然だった。
自分の気のせいだろうが、まるでその音に反応しているかのように木々がざわめいていた。音に近づいていくうちに河口の心は弾む。そして来た道を少し戻ると、自転車が一台なら、なんとか通れそうな小道を見つけた。
音はどうやらその道の先から聞こえているようだった。
河口はその音を確かめたかった。恐らくスピーカーを通した音ではない、生のピアノの音。小道を進むと、はっきりとその音色が聞き取れる。
リストの「ラ・カンパネラ」。難曲の代名詞と言っていい曲だ。イタリア語で「鐘」と言う意味だということを思い出した河口は、自分の警鐘が打ち鳴らされているかのように緊張した。噂が真実ならば弾いているのは「彼女」の可能性がある。
小道を抜けると、その家はあった。一見すると、別荘地特有の実用性をどこか欠いている洋風の建物だった。白漆喰の壁と木目の壁、床下が高くウッドデッキがぐるりと家を守るかのように囲んでいる。窓のひとつひとつが大きかった。ゆっくりと家に近づき、テラス窓に目を走らせると、アップライトピアノを弾く横顔が見えた。
弾いている人物は小柄だが、普通の少女にしか見えない。顎の位置で切りそろえられたボブヘアが演奏の動きに合わせて輝きながらさらさらと動いている。それが「彼女」なのかどうかは河口には分からなかった。
河口は四年前の忌まわしい事件の際の「彼女」の写真しか見たことがなかったからだ。
当時十二歳だった「彼女」はまだあどけない顔をしていた。
「彼女」であることを確認するため、河口がピアノを弾いている指を目で追いかけようとした瞬間だった。
「ラ・カンパネラ」が止まった。
不意に訪れた静寂にハッとして顔を上げた河口は少女に凝視されていた。
「彼女」かもしれない人物に。
指ばかりに気を取られていたが、少女は随分奇妙な恰好だった。吐く息が白くなるような気温の中、室内にいるとはいえタンクトップに短パン。そして裸足だった。裸足で冷たいピアノのペダルを踏んでいたのだ。その冷たさを想像するだけで河口の足の指がかじかむ。
奇妙さもそこまでなら、河口は冷静でいられたかもしれない。河口のほうを観察するように、鋭く見据えた少女の黒目がちの大きな目は、ほとんどまばたきをしなかった。
まるで爬虫類が獲物を狙っている時のような目。
緊張で河口の呼吸が浅くなってきたころ、彼女はにこりと笑った。爬虫類の印象は一瞬で消えた。彼女はテラス窓を開けて河口に言った。
「あなたはいったい誰? もしかして私の脳波を取りに来た人? 最近そういうの多い。ほんとは嫌だけど、父さんが世の中の役に立つはずだって言うから」
「いや、僕は、あなたの脳波に興味はないです」
恐らく目の前にいる少女が「彼女」に違いないが、河口はなおも少女の指を数えはじめていた。
この少女が「彼女」であるならば、その両手両足すべてに六指あるはずなのだ。
河口がじろじろ見ているのに気づいたのか、彼女はサッと両手をひっこめた。
(中略)
西彩子の母親、西玲子は世界中を騒がせた凶悪犯罪者だ。妊婦ばかりを狙い、その胎盤と胎児を綺麗に取り除き、用のなくなった死体を自宅近辺に埋めていた。
犠牲者は推定四十名。犠牲者の数が「推定」なのには理由がある。西玲子は、自宅近辺をローテーションのように掘り起こして死体を埋めていた。それを幾度も繰り返しており、同じ場所に、ミルフィーユのように死体が重なっていたため、溶けた死体は大量のメタンガスを発生させていたくらいだ。
四十名はどうにか、判別できたもので、判別できない骨や、肉体だったものもあり、事件の全貌は、西玲子が拘留中に着ていた衣服で首を吊り死亡してしまったため、解き明かされてはいない。
最大の謎は、西玲子が被害者から取り出した胎盤と胎児の行方だった。夥しい数の死体の中でそれを語る者はいなかった。精神科医たちが有力な説として挙げたのは、西玲子は胎盤と胎児を
「食べる」ために殺人を繰り返していたのではないか? というものだった。
そして、これこそが、西玲子が現代のエリザベート・バートリと言われている所以だった。
何しろほとんど見つからなかった胎児の一部が冷蔵庫で発見されたことがその証拠になっている。
西玲子の事件は本人が自死し、そこでチェックメイトだった。これには世界中の犯罪学者や精神科医から日本の警察に非難が集まった。
西玲子のような女性のシリアルキラーは極めて稀だ。西玲子の犯した殺人の手口から、サイコパスであることが想定された。女性のサイコパスは少ないことから、益々貴重なサンプルが失われたと非難されたのだ。
極めて猟奇的な、極めて稀な事件。
しかし、河口と吉田が現在立ち向かっているのは、それとはまた別の事件であった。
それぞれの思惑が交錯する中、吉田が本題のカードをめくった。
「本栖さん、先日お話した時より、さらに、二名の妊婦の遺体が発見されました。しかも、二名ともほぼ同日に殺害された可能性があるんですが、相変わらず、ホシのテリトリーが特定できません。河口はああ言いましたが、警視庁の容疑者リストの上位に彩子さんがいることはご理解いただけると思います。彩子さんが学校に行っていないとなると、アリバイの証明も難しくなるということを、上と話し合っていただいたと思います」
「ああ、十分に理解しているよ。君たちは、ここで次の被害者が出るまで、彩子を見張りたいと言うんだろう? 私が現役だったら、絶対にやらない任務をまっとうしようとしているわけか」
ふたりは、本栖の嫌味を受け入れるしか術はなく、同じように薄く笑い、その様子を本栖は鼻で笑った。それでも、河口は本栖に質問を繰り返した。
「彩子さんは、学校に行っていないということでしたけど、普段、何をして過ごしているんですか?」
「午前中は、土日祝日以外は、大体デイトレーダーの真似事をしている。生活費のほとんどはそこから賄っているよ」
「子どもに生活費を稼がせているということですか?」
吉田が、反撃の材料を見つけたと言わんばかりに前のめりにそう言ったが、本栖はどこ吹く風の様子で彩子が淹れたぬるくなりかけたコーヒーをすすった。
「そうしない術も私にはあるが、そうしたいと彩子が言うものでね」
「子どもらしい遊びではないことは確かだと思うんですが……」
本栖はいたって冷静にコーヒーカップをローテーブルに置いて薄く笑った。
「子ども? 十六歳を子ども扱いしたら、間違いなく君たちも将来自分の子どもに憎まれることになると思うがね? 彩子が、普通の女子高生と同じ生活をしていれば、君たちの期待に応えられたのかもしれないが、学校には行かせられなかった。何度か試みてはみたんだ。だが、本人はいたって気にしなかったものの、いわゆる、いじめのようなこともあったし、反撃することを禁止していたせいで、死にかけたこともある」
「死」というフレーズに河口はぎょっとして尋ねた。
「いじめを本人が気にしないというのは、本当でしょうか? 本栖さんを心配させないように気にしない素振りをしているだけなのでは?」
「あの子はあの子自身のためにしか動かない。私に心配をかけたくないという発想はないんだ。だからこそ、よく分からない医者が、あの子の脳派を何度も取りに来る。残念ながら、彩子の脳は我々とは違うようだ。このことは、君たちも肝に命じておきなさい」
~つづく~
著者紹介
星月渉(ほしづき・わたる)
岡山県津山市出身、兵庫県姫路市在住。『ヴンダーカンマー』で第1回エブリスタ×竹書房最恐小説大賞受賞。『私の死体を探してください。』で note創作大賞2023 光文社編集部賞、テレビ東京映像化賞、ダブル受賞。 本作『レクターガール・サイコ』にて、エブリスタ小説大賞2023「竹書房×エイベックス・ピクチャーズ コラボコンテスト」エイベックス・ピクチャーズ賞、竹書房審査員特別賞を受賞。
最恐賞小説大賞・好評既刊
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