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2021年10月16日

1日1話、実話怪談お届け中!
【今日は何の日?】10月16日:ボスの日

1958(昭和33)年にアメリカのパトリシア・ベイ・ハロキス氏が、会社を経営していた父のために提唱した記念日。経営者と部下、各社員の関係を円滑にするための日だそうです。

命に中る

 北九州の中沢さんという造園業の方のお得意様に、天野さんという裕福な事業家がいた。
 天野さんは代々の家屋敷を受け継ぐその地域の名士である。その広大な庭の世話の一切を中沢さんの手に任せている。昔からの馴染みであり、気心も知れている。
 ある日、不意に天野さんが中沢さんの店に顔を出した。特に用事がある訳ではない様子で、要はただ雑談をしに来たのだった。しかも話をよく聞いてみると、雑談というよりは愚痴であった。だが景気や家族の愚痴ではない。それは自分の余命についての話だった。
 天野さんは、折に触れては一人の占い師に色々と話を聞いてもらい、また事業の方針などを相談していた。政治家や大企業の社長にも占い師に頼る人がいるというのだから、特におかしなことでもないのだろう。
「それでこの間、ここ最近の俺の運勢はどうかと訊ねたんだよ」
 天野さんの質問に、占い師は言葉を濁して何も答えなかった。腕組みをしてうんうん唸っている相手に、何でもいいから言ってみろと声を掛けた。
「やはり、こういうことはお伝えしないほうがいいと思うんです」
 なかなか口を割ろうとしない。歯切れの悪い奴だなと、悪い内容でも覚悟は決まっているから、どんな内容でも話すように促すと、
「実は死相が出ています。あなたはもうじきお亡くなりになるでしょう」
 シンプルなものである。だがこの答えに窮したのは天野さんである。話すようにと言ってはみたものの、流石にお前は死ぬぞという回答は予想していなかったのだ。
 そんな馬鹿な。俺が死ぬのか。目の前が暗くなっていく。
 だが、もしも死期が分かるなら、死ぬのを回避する方法も分かるかもしれない。
「それで俺はいつ逝くんだ」
 そう訊くと占い師は六月七日前後だと答えた。
「その前後一日。六月の六、七、八日のいずれかでお亡くなりになるでしょう」
 断言した。ただ、その死に方までは言われなかった。訊けば答えたのかもしれないが、天野さんにはそこまで追い詰める気力がなかった。
 天野さんは地元の名士ということもあり、様々な付き合いで日々忙しい。会社のほうも幾つか持っている。経営も手ずから行っている。
 だが、占い師の言ったこの三日間に限っては、全ての来客や予定をキャンセルして、家に閉じこもって過ごそう。そう決めた。
 各方面に連絡を入れ、様々なイベントごともキャンセルした。後での埋め合わせのことを考えると頭が痛かったが、命には変えられない。
 そんな合間を縫って、天野さんは中沢さんの店にやってきたのだった。
「信じているかって言われると半々かな。実際占い師には世話になってたしね。だけど、俺の命のことまでは好きにさせられねぇよ」

 そして予言の期間が訪れた。
 六日七日と何事もなく過ぎた。そして予言の最終日に当たる八日。
 この調子なら大丈夫なはずだ。占い師の言うことなど当てにもならない。
 天野さんは少し気が大きくなったのだろう。つっかけを履いて庭に出た。
 中沢さんの整備した庭だ。その庭先では犬を飼っている。犬種は土佐犬だが、闘犬として育てている訳ではない。なりは大きいが愛玩目的の飼い犬である。天野さんには特に良く馴れている。春先には気性の荒い時期もあるが、太い鎖で繋いであるから安心である。
 だが、その日に限って、いつの間にかその鎖が解けていた。天野さんは走り寄ってきた犬に、のど元を食い破られた。即死だった。
 天野さんは占い師の予言通り亡くなってしまった。
 葬儀には中沢さんも駆けつけた。家族は大いに悔いたが、後の祭りだった。
「立場は月とスッポンだが、天野さんにとっちゃ俺ぐらいだったんじゃねぇか? 愚痴が言えるような友達みたいな奴ってのはさ。家族ぐるみの付き合いだったしね」
 中沢さんは七年前に、そう言って涙を浮かべながら鼻を啜っていた。

「また、あったんだ」
 天野さんが亡くなって丁度七年が過ぎていた。今年も仕事が終わり次第、線香の一本でも上げに行かねばな。中沢さんはそう考えていた。そこに訃報が届いた。
「今度は奥さんが亡くなっちまった。旦那と同じ日付、同じ時間。死に方は違うけどな」
 母親が風呂の中で溺死していたのを、息子が発見したのだと聞いた。
 持病も何もなく、先程までぴんしゃんしていた人だった。それが何の前触れもなく溺死した。天野さんの死との因果関係については分からない。占い師との関係も七年前に途切れてしまっていて、真偽については確かめようがない。
「でもこの歳まで生きてくるとね、こういうことってのには、何らかの采配ってぇのがあるようにも思うねぇ」
 しみじみと中沢さんは言った。

――「命に中る」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より

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