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2021年10月29日

1日1話、実話怪談お届け中!
【今日は何の日?】10月29日:日本初のオートレースが開催。

1950(昭和25)年10月29日、千葉県船橋市の船橋競馬場で、日本初のオートレースが開催されました。

さて、今日の一話は?

「コール」

 杉戸は卓也さんのチームの中でもとびきりの「音職人」だった。
 音職人とは、オートバイのアクセルワークとクラッチワークで排気を操作し、あたかも楽器のように奏でる技術に長けた者のことを指す。単車を運転しながら、ブブブン、ブン、ブン、ブブブンといった感じに空ぶかしを高速で行う音を聞いたことがあるだろう。その音を「コール」、音を奏でることを「コールを切る」という。手練であれば、ミッキーマウスマーチや水戸黄門の主題曲など、様々な曲を演奏することができる。そして何よりも音職人のオリジナルコールが重要なのだ。
 杉戸のコールは本人のオリジナルだった。仲間内では〈杉ちゃんコール〉と呼ばれており、集会のときには必ずそれを高らかに鳴らした。
 聴けば奴だと分かる。その技術は絶品で、他のチームからも一目置かれていた。

 九十年代。ある週末の夜、卓也さんのチームの集会があった。集会とはチームのメンバーで徒党を組んでバイクを走らせることだ。特攻服に身を固め、改造マフラーで騒々しい排気音を撒き散らしながら車線を占拠しての暴走行為である。
 業を煮やした警察が出動した。パトカーのサイレンに追われチームは散り散りに逃走した。
 卓也さんと杉戸は同じ方向に逃げたが、途中杉戸はバイクを隠して橋から身を躍らせた。
 水面までは三メートル程度の高さ。それを尻目に卓也さんはそのまま山のほうに逃げた。
 杉戸の部屋はプレハブの離れで、仲間が集合してたむろするのに都合が良かった。
 その夜も特に連絡はしなかったが、夜の明ける前には仲間達が集まってきた。
 警察に捕まった者はいなかった。
 ただ、杉戸は全身びしょ濡れで、しきりに頭が痛いと言っていた。
「さみぃ、さみぃよ、あとすげぇ頭痛ぇ……」
 暖を取るために炬燵に入って横になった。少しして杉戸が口から泡を吹き始めた。呼びかけても応えない。これはまずいと本棟の家族を起こして救急車を呼んだ。
 病院に運ばれた杉戸は、そのまま脳出血で死んだ。あっけない最期だった。
「俺も逃げてたから姿は確認していないけれど、あそこは水量が少なくてさ。逃げたときに岩か何かで頭を強打したんだろうな」
 卓也さんは言った。

 暴走族の仲間を思う気持ちは強い。一年後に杉戸の追悼集会をすることになった。
「杉戸のコールがない集会は味気なかったな! 今日はあのコールを思い出してほしい。今晩は奴の弔いの集会だ! お前ら気合い入れて走るぞ! ヨロシク!」
 総長が挨拶し、それを皮切りに全員がバイクに乗って走り出した。
 チームで縦走していると、背後から聞き慣れたコールが聞こえた。
「総長! 杉戸のコールが聞こえます。〈杉ちゃんコール〉です」
 コールには個人の技量が現れる。乗っているバイクとコールの音の特徴で、演奏しているのが誰かも分かる。
 今聞こえている〈杉ちゃんコール〉は、確かに在りし日の杉戸のコールだ。
 アクセルワークのキレと速度が違う。
「後ろからコール切りながら近付いてくる馬鹿野郎がいます!」
 バイクに乗った何処の野郎とも知れない男が、総長の横を並走しながら素早くコールを切った。
「親衛隊! 何やってんだ!」
 背後から怒声が飛んだ。それを総長が制止した。
「杉戸! 杉戸、おめぇ!」
 アクセルを噴かし、クラッチ操作をするたびに車体が暴れる。それを押さえ込みながら走っている姿は杉戸本人だ。間違いない。
「杉戸だ! たとえ幽霊だとしても、こいつは杉戸だ!」
 総長の叫びの直後、杉戸はアクセルを噴かして速度を上げた。みるみるうちに小さくなってすぐ見えなくなった。
 ただ遠くのほうから、いつまでも〈杉ちゃんコール〉が響いていた。

 毎年追悼集会で走るたびに、杉戸は自身のオリジナルコールを切りながらチームを追走し、暫くすると誰にも追いつけない速度で走り去っていくのだという。

――「コール」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より

☜2021年10月28日 ◆ 2021年10月30日☞