2021年10月28日
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【今日は何の日?】10月28日:日本のABCの日
1952(昭和27)年10月28日、日本に通称=ABCと言われている、新聞雑誌部数監査機構(Audit Bureau od Circulations)が誕生したことにちなんで、同機構が記念日に制定しております。日本ABC協会は、新聞や雑誌といった出版物の発行部数調査などを行っております。
さて、今日の一話は?
「拾得仏」
学生時代、東野武雄さんは墓地の近くのアパートに住んでいた。
大きな墓地なのでその敷地を何本も道路が走っている。近所の住人はその道を生活道路にしている。東野さんも最初は墓地の中を通るのは気持ちが悪いと思っていたが、すぐに慣れた。夜中にコンビニに行くのにも、墓地を抜ける狭い道を歩いていく。単にそのほうが近いからである。
ある夜、墓地を抜ける道が交差する四つ辻で、五百円玉を拾った。
墓地の出口には派出所もあるが、今の時間にわざわざ届けることもあるまい。小額でもあるし、大体いつもこの時間は「パトロールに出ています」という看板が下がっている。電話で呼び出すのも迷惑だろう。
そう自分に言い訳をして、東野さんは拾った硬貨をそのままポケットに入れた。
四つ辻を離れ、コンビニへの道をてくてく歩いていると、後ろから誰かが付いてくる足音が聞こえた。
振り返るとまだ若い女性だ。深夜だというのに大きな丸い帽子を被っている。
無視を決め込んでコンビニを目指した。
コンビニに入って雑誌を立ち読みし、食料品を買い込み、支払いを済ませて外に出ると、先程の女性がコンビニの前に立っていた。白い綿のパンツ。グレーのカットソー。
自分には関係ない。女性を無視して帰路に就いた。墓地の間を抜けていく。
後ろから人が付いてくる足音が続いた。だが何度振り返っても人影は見えない。そうなると俄然、墓石の間を歩いていることが怖くなってきた。意図せず早足になった。
アパートに到着した。鍵を開けて中に入る。扉を閉めようとしたとき、先程の女性が扉の隙間からドアの前に立っているのが見えた。勢い良くドアを引いて鍵を掛けた。キッチンの引き戸も閉ざし、窓も閉めて鍵を掛け、普段は開けっ放しのカーテンも閉めた。
全身から嫌な汗が吹き出ていた。
さっきの女は何だ。いつの間に付いてきたんだ。
財布をポケットから取り出すと、先程拾った五百円玉が床に転がった。
家を出る前には、買ってきた食糧を腹に収めて課題でもやろうと考えていたが、もうそんな気分は吹っ飛んでしまった。
布団に入って寝よう。怖いので電気は消さなかった。
布団を被って横になった。暫くはドアの前のあの女のことを思い出して寝られなかった。
しかし、女はドアノブをがちゃがちゃする訳でも、窓をノックする訳でもない。
何度か寝返りを打っていると突然明かりが消えた。それと同時に身体が動かなくなった。
汗がだらだらと流れる。目だけしか動かせなかった。きょろきょろと視界を動かしていると、自分の足下のほうに人が立っていた。
先程の女だとすぐ閃いた。その女は布団の上から東野さんを踏みつけながら胸の位置まで来て立ち止まった。重くはないが踏まれていることは分かる。帽子の内側の顔は真っ黒だった。女は東野さんをじっと見下ろして消えた。
消えると同時に金縛りも解けた。
金縛りは毎晩続き、女も毎晩出てきては東野さんを踏みつけにする。
東野さんには由佳子さんという彼女がいる。付き合い出した頃から、時折奇妙な行動をする娘だった。久しぶりに大学に顔を出した東野さんが由佳子さんに金縛りの話をすると、急に彼女の表情が変わった。
「その女、グレーのカットソー着て、白の七分丈の綿パンツ穿いてるよね」
金縛りについてそこまで具体的には話していない。由佳子さんの目が据わっていた。
「その人、あたしよりスタイルいいでしょ」
何を言っているのか分からない。空気が張り詰めていく。
「美人さんだよね」
「おい、由佳子、何言ってんだよ。俺はその女の顔なんか見てないって」
「武雄君、その女のこと気になってんでしょ。踏まれてまんざらでもないんでしょ」
「何のことだよ。気持ち悪いし、毎晩金縛りになるのが怖いって言ってるだろ」
「許せない。その女も、武雄君も」
でも大丈夫だからね、と由佳子さんは言った。いつの間にか握っていたシャープペンシルの先を自身の二の腕に当てて、思い切り引いた。がりりという音がして、傷口に血が盛り上がった。血が筋を描いて腕からぽたぽたと滴った。
「これでもう大丈夫だから。これでその女はもう武雄君の後ろを付いてこられないから」
大丈夫。大丈夫だからと何度も呟いた後に、にへらと笑った。
「武雄君のことは私が守るからね。ずっとずっとずっとずーっと。だから大丈夫」
確かにそれ以降、帽子の女は部屋に出なくなった。
しかし今度は由佳子さんが大学に出てこなくなった。電話にも出ない。
半月ほど経って、由佳子さんの家に直接様子を見にいったが、逢わせてはもらえなかった。その代わりに彼女の実母と祖母の前に通された。
二人は気を悪くしないでねと前置きして言った。
「今は良いけど、由佳子とは早く別れなさいね。悪いことは言わないから。そのままだとあんた〈とり殺されちゃう〉からね。東野君も怖い目に遭ったでしょ?」
その後二カ月ほどして、東野さんは電話口で由佳子さんに別れを切り出した。由佳子さんは一方的な別れ話にも関わらず素直に受け入れた。
しかしそれ以来、由佳子さんは東野さんの行く先々に度々姿を現すようになった。
そのときは必ず大きな丸い帽子に灰色のカットソー、白い綿のパンツ姿だったという。
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――「拾得仏」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より