2021年10月4日
1日1話、実話怪談お届け中!
【今日は何の日?】10月4日:世界動物の日
動物の守護聖人・アッシジのフランチェスコ聖名祝日にちなんで、環境保護活動家たちが集まり開かれた国際動物保護会議にて制定されました。
さて、本日の一話は――
「猫アレルギー」
関口さんは猫が好き。
幼い頃、家で猫を飼っていたからかもしれない。本人はあまり詳しく覚えていないが、両親の話では、その三毛猫は家中の他の誰よりも関口さんに懐いていた。
関口さん自身も、その三毛猫を可愛がっていた。〈二人〉は仲のいい兄弟のようにも、幼馴染みのようにも見えた。
〈二人〉はよく一緒に遊んでいた。
家の前でボール遊び。関口さんが投げたボールを、猫が追いかける。犬じゃないから、拾ったボールをくわえて戻ってくるということはしない。猫も前足でボールを弾く。今度は関口さんがそのボールを追いかける。
そんなことを繰り返しているうちに、猫が弾いたボールが関口さんの脇を抜けて車道に転がっていった。関口さんは咄嗟にそれを拾いに行こうと振り返ったが、その関口さんの足下を猫が擦り抜けた。
たぶん、ボールを追っていったのだろう。
関口さんは、猫に驚いて足を止めた。
車道に飛び出した猫は、ちょうどそこを通りかかった自動車に撥ね飛ばされて死んだ。
母親は一部始終を見ていた。
「まるで、身代わりになったみたいだったよ。おまえはミケに助けてもらったんだよ」
その事故について、関口さん自身の記憶は曖昧だ。可愛がっていた猫が目の前で轢き殺された、その瞬間の記憶だけが鮮明に残っていて、前後のことはまるで覚えていない。
そして、ペットロスになった。
愛猫を失った喪失感はあまりにも大きく、あまりにも耐え難いものだった。
その後しばらく動物は飼わなかったが、動物が好き、特に猫が好きという気持ちは、おいそれと消えるものではない。
知り合いの家の飼い猫を見ても近所の野良猫を見ても、ミケのことが思い出される。
ついつい撫でたくなってしまう。
ところが、そのうち関口さんの身体に変化が起きた。
猫に近付くと鼻水が出る。
目が真っ赤に充血する。
くしゃみが止まらない。
病院に連れていかれ、下された診断結果は「猫アレルギー」。
猫好きなのに猫に触れない。これは、猫好きにとっては生殺しに等しい。
見かけた猫を片っ端から抱き締めたい衝動を抑え、物陰から愛おしくも恨めしく猫に熱い視線を送るだけの日々は、それから四~五年も続いた。
そんなある日。住職のありがたい講話を聴くため、檀家になっているお寺に連れていかれたときのこと。
ずいぶん大きくなってからも猫アレルギーは相変わらずだった。触れないけど猫は好きという〈苦しい愛〉も相変わらず続いていた。
この寺には何匹かの猫がいた。
住職がそれを咎めないせいか、本堂を我が物顔で徘徊している。
関口さんは、住職の講話もそっちのけで猫にちょっかいを出していたが、案の定、目を赤くして鼻水をすすり始めた。
住職は関口さんを見かねてこう言った。
「後ろに猫がいるよ」
えっ、と振り向くが後ろにはいない。
「いや、猫の霊がおる。その猫はアンタを好きで好きでたまらんようだ。だから、アンタが他の猫に触ると焼きもちを焼いて、悪戯をしとるんだな」
その場でお祓いが始まった。
時間にして三十分ほど。お経をあげ、錫杖で肩を叩かれる。
汗びっしょりの住職は関口さんに何度か喝を入れ、お祓いを仕上げた。
「……お祓いといっても、祓い落としたわけじゃない。諫めただけだよ。何しろこの猫がアンタの傍から離れたがらない。それならもう悪戯はするなとよく言っておいた。今後はきっと守ってくれるだろう」
猫アレルギーはどうなったかというと、お祓いの後ぴったりと治まってしまった。
だから、ミケは今も関口さんの後ろにいる。
いるんだろう、きっと。
★
――「猫アレルギー」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より