見出し画像

2021年11月10日

1日1話、実話怪談お届け中!

【今日は何の日?】11月10日:トイレの日

【い(1)い(1)ト(10)イレ】の語呂合わせにちなんで、日本トイレ協会が11月10日を記念日に制定しております。

さて、今日の一話は?

「四枚刃」

 小林さんが新卒で就職したばかりの頃の話である。
 その頃の小林さんは自分の髭が気になって仕方なかった。いつも指で触れて肌がつるっとしていないと気になってしまうのだ。もちろん朝に丁寧に剃って出社しても、午後にもなると次第に髭は伸びてくる。顔を撫でると指先の凹凸に髭が引っかかるのが気に障った。
 小林さんはグルーミングキットを常に鞄に忍ばせ、昼食が終わった後と退社前に、トイレで髭を剃るのが日課になっていた。愛用のT字剃刀は四枚刃の深剃り用のものだ。
 もちろん週末も朝昼晩と髭を当たる。丹念に深剃りするのが小林さんの気分転換であった。

 ある夜、小林さんが床に就くと、自分の愛用しているT字剃刀を持った怪人に追われる夢を見た。夢の中で必死に逃げるが、ついに袋小路に追いつめられた。逃げようにもそれ以上体が動かない。怪人が剃刀を鼻の下に当てる。髭を剃るのだろうとばかり思っていたその剃刀の刃は、ゆっくりと鼻の穴に入ってきた。
 叫ぼうにも声が出ない。剃刀の刃はずっと奥のほうまで入り込んだ。
 自分の鼻腔から、鼻毛をゆっくり剃り落としていく音が耳に響いてきた。身体は動かせない。声も出せない。ただ、されるがまま、弄ばれるがままの状態が続いた。
「よし」
 暫くすると怪人は力強く頷き、ゆっくりゆっくり鼻の奥から剃刀を抜いた。
 小林さんはそこで目が覚めた。寝汗で、着ているものもぐっしょりだった。
 夢で弄られた鼻が気になった。指で鼻の下に触れてみると、ぬるっとしていた。洗面所に走って鏡を見ると、鼻だけではなく、血で顔の下半分が真っ赤だった。
 慌てて洗い流して傷を探した。どうやら鼻の穴の、かなり奥のほうを切ってしまったらしい。だが、幸いなことに血はもう止まりかけているようだ。
 傷を探そうと鏡に映して鼻の穴をまじまじと見ていると、違和感があった。何が変なのかとよく観察した結果、小林さんは自分の鼻毛が一本も生えていないことに気付いた。
 翌日ベッドを確認すると、周9囲には驚くほどの本数の鼻毛が散らばっていた。

 小林さんはまだ二十代後半だが、この経験以来、彼の鼻毛は、全て白毛になってしまった。彼は愛用の四枚刃の剃刀も、グルーミングキットも全て捨ててしまい、丹念に髭を剃るのも止めてしまった。今では朝の出社前に、電気シェーバーで軽く剃るだけである。

――「四枚刃」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より

☜2021年11月9 ◆ 2021年11月11日☞