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2021年9月8日
1日1話、実話怪談お届け中!
【今日は何の日】9月8日:「明治」改元の日
さて、本日の1話は――
「葬列」
三好さんは、岡山の山間部の出身である。
三好さんが小さい頃のこと。ある夜、トイレに行きたくなって真夜中に目を覚ました。
トイレを済ませて戻るときに、外からちりーんちりーんと澄んだ鈴の音が聞こえてきた。
何の音だろうと窓から外を覗くと、少し先の土手を、月明かりにシルエットとなった沢山の人の行列が歩いているのが見えた。
こんな時間に何でこんなに沢山の人が歩いているのだろう。じっと見ていると、その格好は奇妙なものだった。男性も女性も皆黒い着物を着ている。若い人は普通の髪型だが、年配の人はちょんまげを結っている。女性も髪を結い上げている。
これは現代の人ではないなと感じた。お祭りならカツラを被って演技するようなことはあるのかもしれないが、今まで自分の集落ではそんな風習は聞いたこともない。
りーん、ちりーんという鈴の音。行列はゆっくりと進んでいく。
列の中央に二人で担ぎ棒に提げられた桶を運んでいる人がいた。不意に行列が止まり、二人は桶を地面に下ろした。
行列は三好さんの家のほうを向いて手を合わせた。
何でうちに向かって手を合わせているのだろう。気持ち悪いな。
その様子をじっと観察してみると、どうやら皆額から白い布を垂らして顔を隠しているようだった。だから顔までは分からない。
一行は暫く拝んだ後に再び桶を担ぎ上げ、鈴の音を鳴らしながら通り過ぎていった。
翌朝、両親と祖父母に昨晩見たものの話をした。夢でも見たんじゃないかと言われるかと思いきや、皆の反応は予想と異なっていた。
「あぁ、うちの家か」
腕組みをして暫く考えた後に祖父が言った。
「誰が死ぬか分からんが、ともあれ喪服の準備をしといてくれ」
どうやら親類の者が死ぬかもしれないということだった。
家族全員分の喪服が用意された。
ひと月ほど経ち、三好さんも忘れかけていた頃、農作業中の祖父が急に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
親類の誰が死ぬか分からないからと言って用意した喪服は、結局祖父の葬式に着ることになった。
「時たま、お前が言ったような奴が来るんだよ」
江戸時代か明治時代か分からないが、うちの村には稀に昔の人の姿をした葬列が現れるのだと父は語った。
「それを見ると、血筋の者の誰かが亡くなるんだ。必ず。だからまた見たら教えてくれな」
父からそう言われて、三好さんは頷くしかなかった。
子供の頃に葬列を見たのは、その一回きりだった。
次に見たのは田舎から出て都会の大学に入ってからだ。
ワンルームマンションで一人暮らしを始めた折り、窓の外からちりーん、ちりーんという鈴の音が聞こえた。聞いた途端に子供の頃に見たあの光景が蘇った。
アスファルトが敷かれた街中である。まさかと思いながらベランダに出ると、すぐ真下の通りを、葬列がゆっくりと歩いていた。時代がかった衣装に、髷を結った頭。あのときの葬列と全く同じだった。
葬列はマンションの前で立ち止まると、自分のいるベランダのほうに向かって手を合わせて拝み始めた。
翌日朝早く、実家に電話をした。
「また近いうちに葬式があると思う。お前も覚悟しておけよ」
電話口の父はそう言った。
それから間もなくして母が倒れたという連絡が入り、やはりそのまま帰らぬ人となった。
母の葬儀のときに集まった親戚からも、何度かあの葬列の話を聞かされた。
「その列を見た本人は死なないんだ。だからお前は大丈夫だ」
叔父からはそう言われた。
だが、後年、叔父当人があの葬列を見たと言った後に事故で亡くなってしまった。
そのときはジンクスが破れたということで、一族の中に動揺が広がったという。
三好さんは遠い目をして、あの葬列には二度とお目に掛かりたくないです、と言った。
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――「葬列」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より