2021年12月7日
【今日は何の日?】12月7日:クリスマスツリーの日
1886(明治19)年12月7日、横浜で総合輸入商として雑貨販売などを営んでいた明治屋が、日本初のクリスマスツリーを飾ったことにちなんで制定。外国人の船員さんが日本でもクリスマスツリーを楽しめるようにとのことだったそうです。
さて、今日の一話は?
「波間」
中本さんが定期船の船員になって、ずいぶん経つ。
決まった航路を往復するだけの毎日だが、それでも年輪を重ねるうちに〈海の決まり事〉が身体に染みついてきた。
海では、余計な詮索はしない。それが決まりだ。
船は昼も夜も航海を続ける。よほどの嵐でもない限り、霧の濃い晩でも海を往く。
万一のことがあってはいけないから、周囲の警戒は欠かさない。
レーダーやGPSが用意された今でも、最後にアテになるのは人間の目だ。
だから、肉眼での警戒も怠らない。真夜中でも交替で周囲を見張る。他の船に衝突するようなことがないように、そして余計なことに巻き込まれないように。
寝ずの見張り番をしていて、気付いたことがあった。
時折、夜の海の上に人間がいることがある。
気をつけの姿勢で、背筋をピンと伸ばして波の間に立っている。
沿岸から数十キロも離れた沖合でのことだ。
じっと、こっちを見ている。
いや、こちらを向いているだけで、見てはいないのかもしれない。
最初のうちは面食らいもした。
双眼鏡を覗き込んで、〈波間の人〉をよく見てみる。蜃気楼か気のせいかとも思ったのだが、そうではないことはすぐにわかった。
目も鼻もしっかりと見える。
表情はない。
ただ、それは波の上に両足を揃えて立ち、じっとこちらを見ている。
〈船じゃなかったら、いちいち報告しなくていいからな〉
そういえば、船長はそんなことを言っていた。
これは船じゃない。だから、報告しなくていい。
無視を決め込むことにした。
〈波間の人〉の立っている場所を意識して見ないようにする。他の海上に目を向け、再び元の場所を見ると。
――増えとる。
波間に立つ人影は増えていた。
普段着の男。着物姿の女。船員服を着た若者。
それに、兵隊。
ずらりと並んだ〈波間の人々〉は、ずっと中本さんの乗る船を見つめている。
船は波を蹴って進む。速度だって相当出ているはずだ。
しかし、〈波間の人々〉は歩くでもなく走るでもなく、ただ波間に直立した姿勢のまま、船に寄り添うように付いてくる。
無視だ、無視。
余計な詮索はしちゃいかん。
交替の仲間がやってきていたことにも気付かなかった。
「海では、余計な詮索はしない」
これがいちばん大切なことだと、中本さんはそう繰り返した。
◆
――「波間」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』