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「5年後も、僕は、生きています。⑧「愛してる」言えますか」
⑧「愛してる」言えますか
「5年後も、僕は生きています」第1話から読みたい方はこちらから。
肺がんステージ4宣告から生還までの体験記(2019年出版)。
2017年8月末、2週間ぶりに東大病院へ行きました。
体調がスッキリしないこともあり、診察室に入る前の不安は相変わらずありました。
診察室に入ると、井上先生がにこやかに言いました。
「体調はいかがですか?」
「いやあ、ステロイドを止めたせいだと思うのですが、本当にダルいです。まるで癌が全身にあった時みたいですよ。身体が重くて仕方がありません」
「そうですね、ステロイドのリバウンドですね。それはしばらくしょうがないと思います。そのうちに、身体が対応してくれて、その症状はなくなりますからご安心ください」
「そうなんですね」
そうなのか、これはやっぱりステロイドを止めた事による副作用なのか。
ドクターからそう言われると、ほっとする自分がいました。
「ええ、お体の具合は血液検査で大体分かります。刀根さんのガンは血液検査の数値に出るタイプなので、わかりやすいのです」
「血液検査で分かりにくいタイプもあるんですか?」
「はい、腫瘍マーカーに出にくいタイプのガンもありまして…でも刀根さんの場合は以前数値が高く出ていますので、数値で計れるタイプのものです。で…」
井上先生は血液検査の数値に目を落として言いました。
「また数値が良くなってます。ALPは393から274に下がりました。基準値に入りました。KLー6も829から433、こちらも基準値をクリアしましたね。この分だと腫瘍マーカーCEAも順調に落ちていると思われます。良かったですね」
やった、やったぞ!
ダルさと癌からの回復とは、別物だったんだ。
自分の状況改善が数値で分かることの安心感は絶大でした。まあ、逆の場合は悩ましいんですが。
「とにかく良い傾向です。肝臓の数値も変わらず、いい数値で来てますし、アレセンサを通常量に戻しましょう。」
「ありがとうございます」
「目のほうは、どんな感じですか?」
「ええ、放射線やったほうがいいと言われましたけど、僕はこのままアレセンサで行きたいと思ってます」
「そうですね、今のところはそれでいいと思います。アレセンサがホントにいい働きをしてくれていますので。もし効かなくなってきたり、悪くなるようだったら、数値ですぐに分かりますから」
そのあと、今度は眼科へ向かいました。
視力検査の後で、名前を呼ばれて診察室入りました。
ドクターは、僕の目を例のスコープで覗き込んだあと、こう言いました。
「うん、とりあえず状態は落ち着いているようですね。やっぱり適合率100っていうのが効いているのかもしれないね。
私のこれまでの経験だと放射線治療の範疇なんだけれど、このまま様子を見ていくことにしましょう」
「はい、ありがとうございます」
「お薬はなんでしたっけ?」
「アレセンサです。ALK融合遺伝子に効く分子標的薬です」
「アレセンサ…か。そうなんですね、良く効きますね。私にとっても初めてのケースですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、珍しいと思います。僕も、見方を変えなきゃならんかもしれませんね…」
ドクターはメモを取ると、念押しするように言いました。
「状況が悪化するようだったら、やりますからね、放射線」
やった、やったぞ
これで目の放射線治療はクリアしたぞ。
さおりちゃんと作った目標の第1番目はクリアだ。
視界は相変わらず強烈に歪んでいたけれど、なんとか目の治療による入院リスクはクリアしました。
なん番目か忘れちゃったけれど、とりあえず目標ひとつ、クリアだ。
よし、次は声が出ることだな。
そして迎えた、2017年9月1日…
その日はあの肺癌ステージ4宣告の日から、ちょうど1年でした。
あの日から、1年…。
いま(2022年もそうですが)、あのときも、1年後に生きているなんて想像できませんでした。
いまでも、あの風景を克明に思い出すことが出来ます。
最初の大学病院の、狭く薄暗い待合室…
コホコホと響く咳…
使い古された濃い小豆色の長椅子…
あそこに座っていた人たち、みんな死んじゃったのかな?
そして…掛川先生の苦虫をかみつぶしたような表情…
「肺ガンです…治りません…」
「肺ガンは、癌の中でも難しいガンなんです」
「刀根さんは、抗ガン剤しか、やりようがありません。抗ガン剤が効く残念ながら確率は40%です」
「もし効いたとしても、抗ガン剤は、いずれ効かなくなります」
「そうなったら、次の抗ガン剤をためします」
「そうやって延命していくしか、ないんです」
僕は、それを受け入れられませんでした。
確かに、あのとき掛川先生の話を全て受け入れてしまって、あの病院の言うがままの治療をしていたら、僕はたぶん死んでいたと思います。
きっと、この世界には、もう存在していなかったと思います。
運がいいのか、そういう運命だったのかは分かりませんが。
あの病院に勧められるまま、治験を受けなくて本当に良かったです。言葉は悪いですが、あやうく人体実験の素材にされるところでした。
人生はなにがどうなっていくのか、先は全く分かりません。
未来は見えなんですからね。
僕は思います。大切なこと、それは「直感に従う」という事ではないでしょうか。
「あたま」の言うこと、知識や誰かの話や、本やネットの情報ではなく、自分の中に響いてくる「直感」に耳を傾ける、ということ。
もうひとつ、大事な事というか、基本的なこと。
医者がネガティブなことを言うとき、それを受け入れてはいけません。
1年生存率が30%だって?
5年生存率が10%以下だって?
それは、過去の誰かのことであって、今、生きている僕たちではありません。
その数字には僕たちは入っていません。
はっきり言います、そんな数値は、全く関係ありません。
医者は一般的、一番短い予想を言います。
なぜなら、それ(自分が言った余命)よりも短命だった場合に、「先生、言ったことと違うじゃないですか、訴えてやる」みたいなことが起きないために、そういう訓練?教育?を受けていることが多いからです。
もちろん、そんなことを言わない心優しいいドクターもたくさんいらっしゃることも事実ですが、万一そんなことを言われたら、「そんなの関係ない」とシャットアウトしてしまうことが肝心です。
なぜなら、それを受け入れてしまったら、そうなってしまう可能性が大きくなりますすし(思考は現実化する)、病気や治療に対して受け身になってしまうからです。
自分の命は自分で決める。
井上先生を含めて、どんなにいい医者でも、彼らにとって僕たち患者はたくさんいる患者のひとりに過ぎません。
しかし、僕たちのいのちはひとつきりです。
一人にひとつしかありません。
だから、自分のいのちを決して他人任せにしてはいけません。
自分のいのちの責任は自分で持たなくちゃいけません。
それが、ほんとうに自分を大切にするということだと思います。
あれ(2016年9月1日)から、本当にいろいろなことがありました。
たくさんの人に出会いました。
たくさんの人に助けられました。
たくさんの気づきがありました。
僕は、あのときの自分では想像が出来ないような細い、細い、まるで刃の上のように細い道を道を通って、いま、ここにいる気がします。
最大の感謝は、妻です。
彼女が僕の妻じゃなかったら、僕はいま、こうして生きていなかったと思います。
彼女が僕と結婚してくれたから、彼女が僕を支えてくれたから、僕はこうしていま、ここに生きていることが出来る、と実感しています。
ガンになる前、僕は妻に「愛している」って言えませんでした。
「愛」という言葉を口にすると、なんだか嘘くさく感じてしまったからです。
言葉だけの上っ面みたいに感じて、「好きだよ」は言えても「愛してる」とは口にすることが出来なかったのです。
僕の中に「愛」というエネルギーの感覚を実感することが出来ませんでした。
「愛」ってどんな感じか、
どんな波動か全く分かっていなかったのです。
それは僕が「あたま」「思考」の中で生きていて、僕の人生は『考える』『対処する』ばかりで、『感じる』ということを一切してこなかったことを示します。
そう、仕事はそこそこ出来ていたと思います。
そう、評価もそこそこもらっていたと思います。
「俺って、結構いいかも」という自己肯定感もそこそこあったと思います。
でも、それって、全部自分が頭で考えて、その逆(ダメな自分)にならないよう、必死で対処して作りあげた「後付け」の自分だったのです。
なんて寂しくて忙しい人生だったのでしょう。
ガンはそれを全部ぶっ壊し、新しい自分、いえ、ほんとうの自分にアクセスする道を作ってくれました。
人生にとって、最大のピンチは、最高の転換点になる可能性があります。
ガンになると、自分の「生」と「死」と向きあわざるを得なくなります。そういう意味で、ガンはスピリチュアルな病気ではないかと思います。
だからこそ、医者や病院まかせにしないで、しっかり「自分自身」と向き合うこと。
そして、深く深く、自分と向き合って変化が起こったとき、自分自身の存在(Being)の周波数が変わります。
すると、やってくる未来が変わる。
Beingの変化→未来の変化
僕は、ガンになったことで「愛」という感覚を、自分なりに取り戻すことが出来ました。
これは大きい、僕にとっては、ほんとうに大きなことでした。
いま、僕はなんの照れや違和感もなく、心から妻に言うことが出来ます。
「愛してるよ」
って。
まあ、これを書くことに、結構照れがあるんですけれど(笑)。
ときどき、妻もこのnoteを読んでたりするので…
⑨へ続く
第1話から読みたい方はこちらから。
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3章まで公開しています。