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【第55話】大胆交渉が生んだ奇跡
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プライバシーに配慮し、登場人物や企業名等は原則仮名です
起業当時から準備を進め、営業活動を行って来た企業向けの研修は、なかなか結果に繋がらず、半年も待たずに戦略変更を余儀なくされた。
もしかすると、そのまま続けていれば、1年後ぐらいには、少しずつ芽が出始めたのかも知れないが、既に資金面で相当な体力を失っていた。
「たられば論」を出したくはないが、経験もあり、自分達が得意としていた個人向けの商品で、少しずつ実績を築き、人脈を広げ、
資金的にもっと体力がついてから、企業を相手に提案を作り上げれば、或は、我が社は順調に行けたのかも知れなかった。
しかし、そんな話は後になってみて気づいただけの「空論」に過ぎず、起業当時の私達には、経験不足も手伝ってそんなことに気づけるような視点は持ち合わせていなかった。
とにかく、何とか会社を立て直すために、今、自分達で出来る事は何かを考えた。
そこで着目したのが、以前の記事で書いた、「コーチング」というスキルだった。
自分でコーチング技術を使って個人のクライアントを持つのではなく、(それもこの時にも考えてはいたが、すぐに実行には移さなかった)
私たちもトレーニングを受けた、コーチングの認定コーチになるための、数十万円という『コーチ養成プログラム』そのものに、目を付けたのだ。
実は当時から、特にアメリカなどでは普通の主婦などがコーチの資格を持ち、経営者などを相手に、電話でコーチングを行い、収入を得るような在宅ビジネスが、その分野で定着しつつあった。
コーチングスキルがあれば、特別にクライアントの業界の知識など全くなくても、いわゆるカウンセリング的なことが出来る。
すごい人では、在宅で月に数十万から、それこそ数百万もの収入を稼ぎ出すような人もいたらしい。(私が聞いたのは、アメリカでの話だが)
日本でも、その頃はSOHOなどが流行り出していた時代だったし、副収入や主婦などにも、在宅ビジネスのニーズがあることは分かっていた。
私たちが企業研修向けに扱う予定として提携をしていたコーチングの会社では、当時はまだ、『コーチ養成プログラム』そのものの代理店販売は行っていなかった。
私たちが目を付けたこのプログラムは、個人向け商品の中でも、かなり商品力があると思われ、確実に利益になりそうだった。
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この戦略は、正直、先見の明があったと今でも思う。
事実、この後、日本ではコーチングスキルを学ぶ人々は大幅に増えていった。
残念ながら、私たちはその波に乗り切ることは出来なかったのだが。
とにかく、この当時の今にも沈みそうな船に乗っていた私達には、確実な利益に繋がる商品を扱うことは、まさに急務だった。
コーチングの提携会社社長にアポを取り、東山さんと二人で、交渉に向かった。
この会社は当時、まだ立ち上げ間も無い頃で、営業の世界にいた自分達から見ると、営業力としては未開発な部分を多く感じた。
この時の私と東山さんは、交渉と言うより、戦闘に近い様な感覚だった。
とにかく、何が何でも好条件で販売権利を得なければならない。
沈みかけた船を守るために、交渉も必死だった。
東山さんは、自分よりひと回り以上も上の社長に、啖呵を切った。
「この『コーチ養成プログラム』は、これから在宅ワークを求める主婦層に爆発的に売れますよ!
売るノウハウが、私達にはあるんです!
私は、某食品会社でトップセールスでしたし、うちの田久保は、あの能力開発教材会社でダントツのトップセールスだったんです。
これを、うちの会社で売らせて下さい!」
この時、私達が提示した条件は、販売価格の半額を代理店手数料とするものだった。
当時の私達にしてみれば、かなり大胆に背伸びした折衝だったと思う。
しかし、傾きかけた会社を立て直すにはそのぐらいの大見得と、しぶとさが必要だったのだ。
相手は初め、ずっと私達の話を聞きながら唸っていた。
そして最後にはついに折れ、半分、投げやりな感じで、
「わかった。折半で良い。やってくれ」
といった感じで申し入れを受けてくれた。
今になって考えると、相手はこの時、かなり年の離れた若い私たちに対し、
「この若造が!そこまで言うなら、やれるものならやってみろ!」
といった心情だったのではなかろうか。
しかし、投げやりだろうと何だろうと、私達は望み通りの好条件で、個人向け販売商品を手に入れたのだ。
これは、我が社にとっては起業以来の、飛び上がらんばかりの快挙だった。
そして、販売権利を得ただけではない。
この後、ある仕掛けが大成功し、会社の電話やFAXが鳴り止まないという、驚く様な反響を体験することになったのだ。
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