【小説】 マジいかちい! 【ショートショート】
「マジだりぃ」
「だりぃ。つーか、クソだりぃ」
「タバコ切れそうなんだけど。うわっ、だりぃ」
「オレの……うわ、あと二本しかねぇし。だりっ」
高校生のアキヒロとヨウスケは放課後の駅前で、ウンコ座りの姿勢で「だりぃだりぃ」と連呼していた。スマホ以前が折り畳み携帯で、そのさらに前が白黒画面の端末だった頃の時代である。
アキヒロは携帯のアンテナを伸ばしながら、前髪を弄りながら自慢げにニヤついた。
「ヨウちゃん、これヤバくね? アンテナ、八十センチ」
「え? それ光んの?」
「着信あったら七色ガン光り、いかちぃべ?」
「マジ!? いっかちぃ……つーか、どこで買ったん?」
「一昨日、バハラで買ったっしょ」
「バハラ? 何それ。海外?」
「秋葉原っしょ」
「それ、フツー「アキバ」って言うくね?」
「アキバって言い方ってオタクっぺくね? なんか、いかちぃ感じしねぇし」
「たしかに、チョー分かる」
「つーか、だりぃ」
「マジだりぃ」
特にすることもなく、歌舞伎者のような派手な頭をしている二人は女子にも相手されることもなく、また、金もなかった。
暇でだりぃだりぃと言い合っている二人だったが、そこへ血相を変えながら走って来たのは彼らの仲間内の一人、マサユキだった。
「やっべー新情報なんだけど!」
「はぁ? 何し?」
「二高のヤギサキってヤツのアンテナ、マジいかちさマックス!」
「はぁ? オレのアンテナに勝てるワケねぇし。こっち八十センチだし」
「いや、メンゴ。アキちゃんのアンテナじゃ勝てねぇ。ヤギサキのアンテナ、マジハンパねぇって……」
「つーか、そいつのアンテナ何センチ?」
「発表します……センチ越えてる!」
「え、ヤバくね?」
「だからヤバイんだって!」
「つーか、それもう携帯のアンテナじゃなくて、アンテナに携帯ついてるくね?」
「はっはー! ウケるんだけど! マジウケるんだけど!」
「いや、こっちメンツかかってっから。笑い事じゃねぇし」
「じゃあ見に行く? ヤギサキ、ゲーセンにいるし」
「行くしかねぇし。三ケツでソッコー向かうっしょ」
三人は原付のディオに三人乗りでゲームセンターへ急行すると、クレーンゲーム機の前で煙草を燻らすヤギサキを発見した。ヤギサキはアキヒロらポンコツ三人組と大違いの男前で、彼女らしき人物と談笑していた。
遠目でヤギサキを眺めていたヨウスケは、あることに気が付いた。
「あれ、ちょっと待てよ。ヤバくね?」
「何がし?」
「ヤギサキってヤツ……読者モデルしてるくね? 何か雑誌で見たことあるんだけど」
「読者モデル? 笑わせんなし。オレだって雑誌載ってっし」
「アキちゃんが? え、何の雑誌?」
「……まぁ、アンダーグラウンド系?」
「へぇ……」
アキヒロは先日、渋谷でギャル男服専門店へ向かう道中に胸元にカメラをぶら下げたベレー帽の男に声を掛けられた。
名刺を渡され、用件を聞けばとある雑誌の編集部のカメラマンなのだと言う。
写真を撮影しても良いか頼みこまれたアキヒロであったが、気分良く二つ返事で了承した。
後日、自宅に届けられた雑誌は夢に描いていたファッション誌ではなく、土方仕事専門のフリーの求人誌であった。
グッ! と力強く親指を立てるアキヒロの立ち姿には、こんな文字が書き加えられていた。
『こんなオレでも、今日から働けた!』
アキヒロは激しく落胆したが、妹に「雑誌届いたの!?」と急かされると、
「なんか、ボツったらしい」
と、はにかんでみせた。
そんな自分とどうやら読者モデルであるヤギサキとの間に絶望的な高さの壁があることは重々承知しつつも、アキヒロはアンテナの件を尋ねない訳にはいかなかった。
勉強もスポーツも出来ず、雑誌に載ったと思えば求人誌であり、顔もよくないことを自覚しているアキヒロにとってのアンテナはプライドそのものなのであった。
ヨウスケとマサユキが「ビビこいている」間にアキヒロは足を踏み出すと、一直線にヤギサキ目掛けて歩き出した。
ヤギサキは、デカかった。自分と同じ高校二年の癖に、何を食ったらこんなに男前で背が高くなるのかと頭がパニックになりそうであった。しかも、近寄ってみると微かに甘いような、花のような良い香りまでした。
隣に立つ女に怪訝な目を向けられても、アキヒロはたじろぐことはなく、こう言った。
「携帯、見せてくんね?」
ヤギサキは咥え煙草のまま、眉間に皺を寄せてワックスで立たせたベリーショートを撫で上げた。
「は? 何で?」
「つーか、マジ見せてくんね?」
「あのさぁ、そもそもおまえ誰だよ。その制服、花高だべ?」
「そうだけど……オレ、花高の橋田アキヒロ。あんたのアンテナがスゲーいかちぃって聞いて見に来たんだけど、見せてくんね?」
「え? フツーに嫌なんだけど。つーかメンドイし」
「えっ」
あっさりとした拒絶に、アキヒロは言葉を失った。ヨウスケとマサユキは彼らのやり取りに早々に飽きてしまい、格闘ゲームに夢中になっている。
「タダで見せろっていうのも。なぁ? ミサもそう思わねぇ?」
「さんせー。ねぇ、腕立てしてよ。十回」
「おー、いいねぇ。ミサがそう言ってっから、腕立て十回したらアンテナ見せてやるよ」
「えっ、今ここで?」
「ここ以外のドコがあんだよ。ほら、早く! うっで立て! うっで立て!」
「わ……わかった……」
アキヒロは屈辱の苦みを味わいながら、その場で歯軋りしながら腕立てを始めた。
三回まではミサが「マジ腕立てなんだけど」と盛り上がっていたが、五回を数えた頃には既に飽きられており、十回を終えるとヤギサキとミサは夕飯をマックで食べるか、それとも自宅で両親と共に食べるかを話し込んでいた。
「あ? 終わった?」
「じゅっ、十回やった……はぁ……はぁ……」
「本当にちゃんと腕立てしてたんかよ。ミサのパンツ見て違うトコ勃たせてたんじゃないのぉ? ひゃはははは!」
「み……見てねっし! 別に、た、タイプじゃねえし」
実際は見よう見ようとしていたのだが、ギリギリ見れなかったのであった。計算され尽くしたスカート丈に怒りを覚えつつ、アキヒロは元の目的を思い出す。
「アンテナ、見してくんね?」
「仕方ねぇなぁ。一回だけな」
「あ……あざっす」
ポケットから取り出した携帯の上部に、鈍色の金属がちらりと見える。
なんだ、オレと同じ警棒タイプじゃん。
じゃあ大したことねぇ……え? おい、え?
「アンテナっつーか、マジックみてえだろ?」
「……どうなってんだよ、マジ……いかちい……チョーいかちい……」
警棒タイプの形状から次々に引き出されるアンテナは止まることがなかった。太いアンテナから、絶妙に一回り小さな太さのアンテナが伸び、そして更に絶妙な太さのアンテナが伸び……その光景は永遠のマトリョーシカだと、アキヒロは驚愕していた。
「と、ここまでな。アキヒロだっけ? どう、いかちい?」
伸び切ったアンテナの長さは約二メートルにも及んだ。しかも、アンテナの最先端はまるでカーボンのような造りになっており、しなやかさも兼ね備えていた。
堪らずに無意識のうちに触ろうとしたアキヒロの手を、ヤギサキがアンテナで弾いた。
「お触り厳禁よん。曲がったら使えなくなるからよ」
「これ……電波すげー入んじゃねぇ?」
「全然入んないっしょ。つーか、これメインは釣り竿として使ってっから」
「つ……釣り竿!? 携帯が、釣り竿!? なぁ、どこで売ってんの、これ?」
「いやいや、うち親父が板金やってっから作ったんだよ。だから売りモンじゃねぇんだわ」
「バンキン……海外ブランドか……つーか、マジいかちい……スゲーいかちい! なぁ、下の名前教えてくんね?」
「オレ? オレ、トモヤだけど」
「なぁ、マジいかちいから師匠って呼ばせてくんね? それがダメならさ、トモヤ君って呼んでいい? バリヤバいかちいから、マジやられたわ……アンテナが釣り竿とか世界レベルのいかちさで、アンタすげーわ……」
「何て呼ぼうが別に良いけどさ、見掛けても声掛けないでくれよな!」
「えっ、なんで?」
「おまえ、恥ずかしいから」
アンテナをしまったヤギサキはサキの尻を撫でながら、ゲームセンターを去って行った。愕然とした様子のアキヒロは、青春の真っただ中で負けることを知ったのであった。
それから三日後。
「マジだりぃ」
「だりぃ。つーか、クソだりぃ」
「タバコ切れそうなんだけど。うわっ、だりぃ」
「つーかさ、噂知ってる?」
「何の?」
「ここだけの話し、うちの親父ってエンジニアじゃん?」
「エンジン作ってるって話しだろ?」
「うん、多分。そんで、良くわかんねーけど、将来、携帯のアンテナってなくなるらしいぜ」
「うっわ! 出た、ヨウスケのパチコキ」
「ちげーって! パチじゃねーし! 親父言ってたし!」
「アンテナなくなるワケねぇし。だって、なくなったら電波掴まなくね?」
「あれじゃね? 身体がアンテナになる的な?」
「スーパーマンじゃん! 俺ら将来スーパーマンになるってこと? つーかアンテナになるとかだりぃし」
「まぁな。だりぃな」
「おう、だりぃよ」
またしても暇でだりぃだりぃと言い合っている二人だったが、そこへやはり、血相を変えながら走って来たのは彼らの仲間内の一人、マサユキだった。
「ヤッベーんだけど! マジ特報レベルなんだけど!」
「んだよ! おまえいつもヤベーヤベーじゃん」
「これ! これ!」
ヤベーヤベーと叫ぶマサユキの右手には、とある求人誌が握られている。
「……ちょ、それは……ちょっと……ええええ……」
アキヒロこうして青春真っただ中で、負けることの次に彼らの大爆笑の傍で恥を知ることとなるのであった。
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