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倉庫の単発バイト

 先日久しぶりにとある倉庫へ単発バイトへ出向いた。
 日頃動かせていない身体がいかに鈍っているかを実感したく、そして相も変わらず出自そのものが正体不明な人種のるつぼを垣間見る気持ちで勤務してみたのだ。
 動機としては不純だろうが、他の方々もどうやらパチンコに費やす日銭を稼ぎに来ていたりと、似たり寄ったりなものであった。

 A駅へ行き、ロータリーで倉庫へ向かう送迎車が来るのを待つ。
 詳細指示のメールには車種は書かれておらず、ロータリーの何処へ集合すればいいのか不明であったものの、階段を降りてロータリーへ出た瞬間、一発で分かってしまった。

 妙にくたびれた中年オヤジが五人、揃いも揃って色褪せたシャツを着込んでロータリーの隅、それも路面に座り込んでいた。
 絶対にアレだろうな、と思いながら近付いてみると饐えた汗の臭いと、脂が腐ったような匂いがツンと鼻をついた。
 私と同じく後からやって来た髪の長い中年男がその塊に声を掛けた。

「あの……〇〇(社名)の方ですか?」

 丸坊主の小太りが、無言で首を縦に振る。そこから何かの会話に発展することはなく、それぞれが無言でロータリーの向こう側の道路を見つめていた。
 その日は朝から非常に暑く、座り込んでいた六十歳くらいの痩せ男がズボンを捲った脛をバリバリと掻き続けており、やはり褪せた水色のシャツの背に書かれていた『True America』という文字がやたらと網膜に焼き付いた。
 その後に二人、女がやって来た。一人はまだ若そうだったが、もう一人は五十手前ほどだろう。長い髪を歳に似合わないツインテールにしており、バカでかいスマートフォンで男性アイドルの動画をイヤホンなしで垂れ流しにしていた。
 アイドルが客席に向かって「今日はみんなありがとう!」と叫ぶと、その女は
「〇〇君いつもありがとうって言ってくれているけど、こっちそれ以上に〇〇君に感謝してるから。これマジだけど、伝わらん?」
 と、画面に向かってボソボソと呟いている。
 控え目に見ても気味の悪いそんな面々の光景が、秋を忘れた朝の激しい陽射しに照らされていた。
 誰も彼もがどこまでも他人同士で、無関心を装いながら胸中だけで探り合う空気がおかしくもあり、多少懐かしくも感じた。

 丸坊主の小太りと痩せ男は単発常連であるらしく、座り込んだまま現場のことを話し出す。痩せ男が脛を掻きながら丸坊主に声を掛ける。

「昨日二千件だったんだって?」
「あぁ~、でもギリ五時には終わってたかな。正確には二千五百」
「毎日そんなやってたら死人出ちゃうよ」
「ははは。そのうち誰も行かなくなんだろね」
「俺ぁ、もうよすんべ(辞めよう)かなぁ」
「他の現場あるの?」
「あっけどよぉ、遠いんだ。片道一時間半だよ。でもラクなんだよ。ほら、番重の箱あんだろ? あれをさ、雑巾で一日中拭くだけ」
「それでいくら?」
「九千円だよ」
「ここよりイイんかい! まいったなぁ。俺も考え直すかな」

 そうやって私の右側で話し込むその二人に、そっと目線を落とす。痩せ男が脛を掻くスピードが上がっているので、背中の文字が左右に揺れていた。
 左側ではツインテール女がスピーカーフォンで『彼氏』らしき相手と話し始めているが、相手は日本人ではなさそうだった。

「みぃー君起きた? 私これからバイト行ってくるよ」
「うんー、バイト? 今、さっき起きたよ。しっかりしてる」
「今日はお仕事?」
「毎日大変大変ね。また遅くなるよ」
「わかったー。がんばってねー」
「ゆうも、ほどほどしてねー」

 その間に若い女は別の会社の企業バスに乗ろうとして、降ろされて戻って来た。
 送迎時間は十分近く過ぎていて、一体いつ来るのだろうかと思っていると、銀色のハイエースがロータリーへ入って来た。
 その途端に座り込んでいた面々が立ち上がったので、どうやらハイエースが送迎車のようであった。
 車内にぎゅうぎゅう詰めになるとドライバーから点呼を取られ、発進した。

 現場は五階建てのまだ真新しい倉庫で、エントランスも集合場所である休憩所も広々としており、清掃も行き渡っており綺麗だった。
 各方面からやって来た単発労働者は大半は中年であり、それで十人十色ではあるが、何処か社会に適合していないような雰囲気は共通していた。
 窓の外をずっと眺めながらブツブツと何か呟いていたり、寝巻同然のような恰好だったり、腕組みをしたまま辺りに睨みを利かす者など、オフィスワークをしていたらまず目にしないような者が多い。
 別に仕事さえすれば雰囲気がどうであれ構わないのだから、それで良いのだ。
 みんな違ってみんなイイ。という言葉の「違って」はこんな場所に集約されていることを改めて実感する。

 始業時間になると現場リーダーの金髪男がやって来て、全員スマホを預けて倉庫へ移動するように号令を掛ける。
 用意されたコンテナの中にスマホを置き、休憩所の横から現場へ入った途端、ワッと迫る猛烈な蒸し暑さが肌に汗を浮かばせた。
 現場の奥が担当部署のようで、ぞろぞろと動く集団の背中を追って行く。
 何を扱っているのかを書けばバレてしまいそうなので伏せるが、色々な製品が置かれているのを目視で確認しながら開けた場所へ行くと、朝礼が始まった。

 それが終わると今度は恒例の人間選別が始まる。
 今から十年ほど前、私は選別する側だったがものの見事に「初心者用」のビブスを渡され、選別されることとなった。
 不安気な目をしながら立ちんぼ状態のそれぞれが管理者に肩を掴まれ、「あなたはこっち」「君はここで」と有無を言わさず移動されられると、四~五人の塊が四つほど形成される。
 私は最終的に残されたが、左隅に集まっていた塊に移動するように指でさされ、そちらと合流する。
 人間選別がひとしきり終わると、今度は管理者三人が塊を値踏みするような目で眺めながら、編成を練り直し始める。「やっぱりあっちで」と言わる者も出て来て、今度は管理者同士で人の貸し借りが始まる。

「あの人とあの人、あー……名前わかんない。確か初めてじゃないから、二時までこっちでもらっていい?」
「三時までに返してくれたらウチは大丈夫」
「オッケ。じゃあ……あなたとあなた、こっち来て」

 そんな光景をぼんやり眺めているうちに時間が過ぎる。始業時間をニ十分過ぎているが、まだ作業は始まらない。
 こういったことを「効率化すればいいのに」と言う者もいるが、実は事情がある。  

 業務量に合わせて都度人を募るので、その当日にならないと実際にどんな人間がやって来るのか分からない上、レギュラーメンバー以外の人間を多く取るほど恒常的に物量が多い訳ではないので、こういうパターンの時はその場その場で人間を編成するのが一番効率が良かったりするのだ。
 関係会社に業務を振られたり、営業が取って来る案件によって突発的に物量が増えることで、こんな現象が稀に起きたりする。

 私自身、十年前までとある倉庫で働いており、今回のように突発的に人を集めることが多々あった。
 その中でもそのまま現場に残って欲しい人には声掛けしたりもするし、その中で人当たりの良かったある中年男性はレギュラーメンバーから現場の管理になり、その後数年で本社の人事部へ転籍、あっという間に役職まで昇りつめたこともあった。単発派遣で来た頃には既に五十手前ほどだったので、正にシンデレラのようだった。

 倉庫の内部事情と思い出与太話しは置いておくとして、いざ持ち場へ行ってみると検品の担当に充てられたようであった。
 いよいよ作業かと思われた時、ある若者が女性管理者に注意を受けた。

「あのさぁ、パーカー禁止って言われなかった?」
「言われてないっす」

 注意を受けたのはガタイのガッチリした二十歳そこそこの若者で、渡されたビブスを着用することなくパーカーの腹ポケットに手を突っ込んだまま不機嫌に答えた。

「作業入るならパーカー脱いで作業入って下さい」
「いや、無理っす」
「だったら帰ってもらうことになるんだけど」
「そうっすか。わかりました、帰ります」
「お疲れ様でした。はい、じゃあみなさん移動しまーす!」

 パーカーの青年はそのまま列から離れ、本当に帰って行った。このようなことは日常的にあるのだろう、誰も彼も特に彼を気にする様子もなく持ち場へ移動し始める。
 極暑な現場でパーカーを脱がない理由は何かあるのだろう。現場側としてはパーカーのフードがカゴ車に引っ掛かる等、事故に繋がるので原則禁止の倉庫が大半だ。
 私が居た倉庫でも夏場に長袖を着用する者が数人いたが、その理由は更衣室で居合わせてみると言葉で語らずとも、一目で理解が出来た。

 で、ここから作業に入る訳であるが時代の変化を感じることもあれば、驚愕の瞬間もあった。
 それはまた後ほど書けたら、と思いながら今回はこの辺りまでにしてみる。

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大枝 岳志
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