親指姫との別れ
利き腕の、親指の、腹にできた親指姫、
別名(シコリ)をとった。
取り除いた。
親指姫(シコリ)は、
ときどき当たりどころが悪いと暴れた。
ドアノブを握るとき、
キャップを外すとき、
ボタンを止めるとき。
何気ないアクションで、
突然、親指姫は激痛をひき起こし、
全身の動きと、
全思考を一瞬で持ちさる。
いつ爆発するかわからない爆弾のようだ。
しばらくすると治るけれど、
物を握るときに、過敏になる。
痛みのリスク回避をして、動くようになる。
親指姫の機嫌を気にせずに、生活したくなる。
でも、常に痛かったわけじゃなく、
騙し騙し付き合っていると、
馴染んで、収まって、
いずれ、そんなことも忘れるかも知れないと、
期待して、希望を持って、勝手にイメージして、
そして3年の月日が経った。
※
その親指姫が最近、
以前より、ほんの少し大きくなってきた。
それについて、考える時間が増えた。
深夜、指の奥が疼き、眠りから引き戻されたりした。
せっかく、いい夢を見ていたのに…。
邪魔されると人は、
まるで、その前の状況が幸福だっかの様に、
妙に過剰に肯定したくなるもの。
真実はわからない。
いずれにせよ、指の心配より、
もっと他のことに時間を使いたいと思い始めた。
親指姫との別れを考え始めた。
無理に手をつけず、
自然に任せて、シコリをそのまま残すこともできた。
まがりなりにも自分の体の一部だから、
手術で強制的に排除するのもどうか、と。
親指姫なりに、言い分もあるのかも知れないと。
わたしは、話し合いによる「解決」を試みてみた。
いや、夢を見ていたのかもしれない。
話しあえば、納得してくれるだろう、
手懐ければ、いずれ馴染むだろう、
きっと消えてくれるだろう。
そしたら解決するだろうと、淡い夢を見ていた。
でも、
こちら側が心を開いても、親指姫は何も言わなかった。
言い分を聞いて、理解しようと、
まだ上から目線なのかも知れないけれど、
それでも、姿勢を示したつもりだった。
親指姫は真夜中に、ふときたときに、
痛みで返してきた。
話し合いで解決はできなかった。
相手と同じ言葉を持っていなかった。
この手の問題は、
そう、
まさに、 この 「手 の 問 題 」だ。
話し合いという手法が、
適切な方法ではないと悟った。
解決を手放して、
そう、
まさに、「 手 か ら 離 し て 」
全く別の角度から、
決着をつけることにした。
決着は、
必ずしも解決ではない。
解決ではないが、
決着すると前進はする。
話し合いではなく、
力を行使して、
つまり手術で強制的に親指姫を、
取り除く決意をした。
戦争を始める時って、
こんな気持ちなのかも知れない…。
※
3ミリほどの大きさの、
誰も気づかないような親指の腹のシコリ、
親指姫との戦争のために、
しなければいけない準備は想像以上だった。
手術にちゃんと耐えられるのかを検査するために、
さまざまなアンケートに答えた。
・他の病気は無いか?
・アレルギーは?
・気力、体力は?
・何かあった時の連絡先は?
「本当にあなた側に問題はないのか?」と、
問われているようだった。
お酒も我慢した。
しばらくお風呂も入れない。
わたしは、手術用に全身着替えをした。
これは、面積で言えば、
3ミリの患部に対して5万倍の体制、
野球の小さなマウンド(丘)にいる3人の敵に対して、
東京ドームに5万人の兵力を集め、
解説者付きのTV中継で囲む、
戦争のような感じだ。
そうか、
戦争って、もしかしたら、
こう言うものなのかも知れない。
わたしはヘッドホンをかけられ、
MRIの台に寝かされた。
まるで、
これから発射される弾が、
大砲に込められる弾になったような気持ちだ。
わたしは敵にめがけて発射され、
敵もろとも爆発し飛び散るだろう。
そうすれば、
解決はしないけれど、決着はつくだろう。
なぜかBGMは、
「銀河鉄道999」だった。
さぁ行くんだ〜
その顔をあげて〜
新しい風に
心を洗おう
古い夢は
置いてゆくがいい
再び始まる
ドラマのために〜
戦争(手術)は、
15分で決着がついた。
正しかったかどうかはわからない。
戦争とはそう言うものかもしれない。
状況だけは、前に進んだ。
いや、前にも進んでいないのかも…。
「変化を選択した」
だけなのかも知れない。
親指姫(シコリ)とは、あの日お別れした。
日記には、「終戦記念日」と書いて寝た。
その日は、深夜に起こされなかった。
今、こうしてキーボードを打つと、
親指姫を思い出す。
傷口はもう痛くはないけれど、