【コラム】コントにおける高木ブーさんの存在感について
志村けんさんが亡くなってから、ドリフ大爆笑をひたすら視聴し続けて半年が経過。
初回~第30回、第43回~第65回、第91回~第161回。
ここでは詳しく書かないが、初期(1970年代後半)のテレサ・テンさん(故人)の歌やキャンディーズによる息の合ったコントは印象的。その中でも後日取り上げる予定の松田聖子に至っては神々しさを感じるシーンもあった。自分がもしこの頃に生まれて、番組を視聴していたらファンになっていただろう。
一円を笑う者は一円に泣く
『ドリフ大爆笑』140回目以降の放送から、ブーさんの活躍が目立つようになってきた。新しくスタートした「一円玉」シリーズは、いみじくも現代社会で表出されるようになってきた発達障害を想起させるようなコント。
放送コードに引っかかりそうなので、地上波では紹介できないかもしれなが、「俺の一円玉」を探し回ったり、発見したときの様子を感情豊かに表現していておもしろい。シリーズの中には、コント内で共演した加藤茶さんや志村さんをさしおいて、オチで使われる場面もあった。
ご活躍の背景
下記の記事を見る限りだと、奥様が病気に伏していらっしゃった時期とブーさん隆盛の時期は被っているように思われる。
邪推かもしれないが、放送作家やいかりや長介さんが示し合わせをして、存在感をいい意味で消し続ける(消すことで他の演者さんが相対的にスポットが当たる)ことに定評のあったブーさんをオチへ起用転換したのではないか?
※『ドリフ大爆笑』(1994年6月28日放送分)より
そんな風にも考えてしまう。
ブーさんがすごいなと思うのは、サラリーマンとか職人の役がありのまま。見ている方がビックリしてしまうくらい違和感なく溶け込んでいること。外食店に入ろうしたり、食事をしたりしているシーンの「いるいる、こんな人!」感がものすごいというか、目立とうとする気持ちがこれっぽっちも感じられず、そこが逆にすごいなと笑
「自分も何か役に立ちたい」と少なからず足あとを残そうとするのが普通のはずだが、ブーさんにはそういった野心めいたものをちっとも感じない。
そんな印象を受けているので、おこがましいこと言うようで恐縮だが、『となりのシムラ』で志村さんがブーさんにオファーをしたのもこの番組の性質上、わかるような気がしている。
ブーさんにこれから期待すること
「【何もしなくてニコニコしている人】が一人いても組織や社会はまわる。そういう人がいたっていいじゃないか。世の中もっと寛容になろうよ」
ウクレレを弾く傍らでそんな類のメッセージを時には発してほしいなと思うが、とにもかくにも、ブーさんにはいつまでも泰然自若としていてほしい。
亡くなられた奥様は「再会」を待ち望んでおられるかもしれないが、ブーさんにはもう少しだけこちらの世界で活躍してほしいと思っているので、元気な姿をこれからもテレビでお目にかかりたい。
※『ドリフ大爆笑』(1983年5月17日放送分)より