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毎週一帖源氏物語 第四十四週 竹河

 玉鬘系の物語は外伝といった趣だが、外伝にも続篇があった。

竹河巻のあらすじ

 尚侍には男三人、女二人の子があるが、殿の没後は風向きが悪い。男君たちはいずれ一人前になるとして、女君たちの処遇が悩みの種である。大臣は生前に宮仕えの意向を内奏していたため、内裏からは入内のご下命があるものの、中宮の威勢が憚られる。冷泉院はかつて本意を遂げられなかった憾みを忘れずにいて、せめて娘を譲るように言っている。尚侍はどうしたものか決めきれない。右大臣と三条殿のあいだに生まれた蔵人の少将は熱心に縁組を申し出るが、尚侍は夫の遺言もあるので、上の姫君を臣下に譲ろうとは思わない。一方、六条院が晩年に生ませた四位の侍従なら、婿として申し分ない。
 年賀に訪れた右大臣に、尚侍は相談を持ちかける。大臣は冷泉院の女御が許すだろうかと懸念を示すが、実はその女御が世話をしたいと誘っているのだという。
 正月二十余日、侍従の君がこの邸にやって来ると、例の少将が中の様子を窺っている。その案内で邸内に招じ入れられた侍従は、故致仕の大臣に似ているという評判の和琴の演奏を所望される。尚侍は実際にその爪音を聴き、故大納言そっくりだと感じる。主の侍従はこの方面には疎いが、責められて催馬楽の竹河を歌う。源侍従は酔いに任せて余計なことを言わないように早々に帰るが、人々はそのうるわしさに心を寄せる。
 弥生の花盛りの頃、姫君たちは碁に興じている。女房たちは、姉君のほうが美しいと思っている。二人が幼い頃、庭の桜をそれぞれが自分のものだと言い争ったことがあり、故殿は姉君のものと定め、上は若君のものと定めた。その昔を思い起こし、姉妹は桜を賭けて碁で勝負する。蔵人の少将はその様子を垣間見て、思いをさらに募らせる。ところが、冷泉院から矢継ぎ早の催促があり、尚侍は姫君を院に参らせることにする。それを聞いた少将は嘆き悲しみ、母北の方まで執り成しを文で頼み込む。尚侍はどうにもならない事情を説明し、いずれそのうち中の君をと示唆する。
 四月九日、姫君は冷泉院のもとに参上する。妹君との別れを惜しんでいるところに、少将からの文が届くが、大仰な悲しみ方に姫君は素っ気ない返事を送る。
 内裏では、故大臣の意向に反する事態を不満に思っている。姫君の兄に当たる左近の中将は直々に仰せを受けて、母の判断を咎める。今頃になって皆が自分を責め立てるので、尚侍はいたたまれない。周囲の騒ぎをよそに、院の寵愛は勝り、七月には懐妊する。
 年が改まり、男踏歌が行われる。四位の侍従も蔵人の少将もそれぞれの役目を務めるが、冷泉院では簾中から御息所が見ていると思うと、冷静ではいられない。翌日、源侍従は冷泉院に召され、前年の竹河に事寄せた歌を女房から詠みかけられる。それを聞いて涙ぐまれるにつけ、侍従は御息所への思いが浅くなかったことを思い知る。
 四月に、女宮が生まれる。女御や御息所同士はともかく、女房たちのあいだに面倒なことも起こるようになる。中将が予想した通りである。内裏の機嫌も相変わらず悪いので、尚侍の職を中姫君に譲って入内させる。それで帝をなだめることはできるが、今度は右大臣家に申し訳が立たない。代わりに中の君を少将にとほのめかしていた約束を違えることになるからで、前の尚侍は大臣に弁明の文を送る。
 何年か経って、男御子も生まれる。冷泉院は大いに喜ぶが、そのような慶事が絶えて久しい女御の心は動き、御息所との仲も疎遠になる。そのせいで、御息所は里がちになる。
 かつての源侍従は宰相の中将に、少将は三位の中将になっている。さらに左大臣が亡くなると、右大臣が左大臣に、藤大納言が右大臣になる。薫中将は中納言に、三位の中将は宰相に、それぞれ昇進する。その報告にやって来た中納言に、前尚侍は女御や后、さらには院ご自身への執り成しを頼む。しかし、中納言は取りつく島もない。
 ある日、宰相の中将がこの邸にやって来て、御息所と結ばれなかった無念を訴える。前尚侍にしてみれば、後ろ盾となる親が健在で、朝廷での昇進のありがたみを感じない世間知らずにしか見えない。自身の息子たちは、年齢相応とはいえ、いまだに右兵衛の督、右大弁、頭中将にとどまる。

『源氏物語』の政治学

 『源氏物語』の作中人物たち――といっても、皇族や高位貴族に限られるが――にとって、最大の関心事は縁組である。それはそのまま、政治権力をめぐる闘争でもある。相手次第で、栄達もすれば零落もする。
 当事者にはそれぞれの感情や思惑があるものの、そんなことにはお構いなしに、親や周囲があれこれと気を揉む。息子の相手を誰にするかも重要ではあるが、男は複数の妻妾を持つこともできるので、あまり深刻ではない。それに引き換え、女は夫と死別でもしない限り他の相手に乗りかえられないので、失敗できないという重圧が大きい。
 玉鬘は、自身が若い頃に婿取りで翻弄されたが、今は娘たちの相手をどうするかで苦悩している。髭黒とのあいだには三人の息子と二人の娘がいるが、娘たちが適齢期になったとき、髭黒はすでにこの世にない。後ろ盾がいないだけでも悩ましいのに、帝に入内させたいという髭黒の遺志が重くのしかかる。帝はすっかりその気になっていて、美しいという噂の姉娘を差し出せと催促する。しかし、帝には明石中宮がいる。楯突くような真似はできないと、玉鬘は思う。
 悩んだ末に出した結論が、大君の冷泉院への入内である。しかし、この判断は一族にとって凶と出る。大君が女宮と男宮を一人ずつ生んだところだけを取り上げればめでたいが、冷泉院の女御や中宮とは折り合いが悪くなってしまった。それよりも深刻なのは、帝の気色を損ねたことである。玉鬘は息子たちからも批判される。玉鬘にしてみれば、反対するならもっと早く、もっと強くそう言ってよ、と愚痴の一つもこぼしたくなる。夕霧にだって、ちゃんと相談したのに。

「誰も誰も、便(びん)なからむことは、ありのままにもいさめたまはで、今ひき返し、右の大臣(おとど)も、ひがひがしきやうに、おもむけてのたまふなれば、苦しうなむ。」

竹河、233頁

 もともと才気を買われていた玉鬘だが、自分の娘たちの処遇では理にかなった振る舞いができなかった。やることなすこと裏目に出て、最後にたどり着いた結論が「限りなき幸(さいは)ひなくて、宮仕えの筋は、思ひ寄るまじきわざなりけり」(244頁)である。これ以上ないほどの幸運に恵まれた人でなければ、宮中への出仕など考えてはならない――これは『源氏物語』の政治学の結論と見なしてもよいだろう。

玉鬘の目に映じた薫

 玉鬘は薫の姿を目の前にして、「この君は、似たまへるところも見えたまはぬ」(209頁)と感じている。夕霧とは違って、薫は源氏とは似ていない。その一方で、薫の音楽の才能は故致仕の大臣を彷彿とさせる。実際に和琴の演奏をさせてみると、故柏木大納言にそっくりなのだ。

「おほかたこの君は、あやしう故大納言の御ありさまに、いとようおぼえ、琴の音など、ただそれとこそおぼえつれ」とて泣きたまふも、古めいたまふしるしの涙もろさにや。

竹河、211頁

 玉鬘は真相を知らないので、それ以上は詮索しない。しかし、読者には柏木と薫の関係が意識させられる。

冷泉院の子孫

 若菜下の記事で、私は「冷泉院の血統は絶える」と書いた。退位した時点で跡継ぎがいなかったからだが、玉鬘の大君を迎えて、冷泉院にも今宮が生まれた。源氏の直系男子である。しかし、この御子が帝位に即く可能性はない。そのことは冷泉院も自覚している。

おりゐたまはぬ世ならましかば、いかにかひあらまし。今は何ごとも栄(はえ)なき世を、いとくちをし、となむおぼしける。

竹河、243頁

退位後に生まれた宮には、立太子の道は閉ざされている。やはり、源氏の男系の子孫は帝にはなれない。

宇治への初めての言及

 竹河巻の終わりのほうで、中納言昇進の挨拶のため玉鬘のもとを訪れた薫は、冷泉院に入内した大君(御息所)の様子を思い描きつつ、「宇治の姫君の心とまりておぼゆるも、かうざまなるけはひのをかしきぞかし」(248頁)と思いを馳せる。
 『源氏物語』全編を通じて、これが「宇治」の初出である。紅梅巻末で「八の宮の姫君」が登場したが(紅梅、196頁)、そこでは「宇治」とは書かれていなかった。
 紅梅巻でも竹河巻でも、これまで話題に上らなかった姫君のことが唐突に持ち出される。読者としては戸惑いつつも、興味をそそられるところである。

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