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毎週一帖源氏物語 第二十六週 常夏

 この連載で初めて、木曜日に投稿できなかった。自分が主査を務める博士論文の審査があって、『源氏物語』を読んでいる暇がなかったのだ。次週に持ち越さずに済み、何とか食らいついている。

常夏巻のあらすじ

 夏の暑い盛りに、源氏は東の釣殿で涼んでいる。中将や大殿の君達も居合わせる。内大臣が娘を探し出したという噂が本当であったことを確かめた源氏は、内大臣の若い頃の放縦を当てこする。
 西の対の姫君にも、源氏は大臣が中将を嫌っていることをこぼす。姫君は養父と実父の関係が思わしくないことを知り、実父に知ってもらう時機が来ていないことを悟る。それでも、源氏はその場にあった和琴を手に取ると、内の大臣が名手であることを述べ、いずれ聴く機会もあろうと期待を持たせる。源氏は往時をしのび、撫子とその異称の常夏を歌に詠む。姫君をどうするかは悩ましいが、心のままにふるまったとしても、春の上ほどには気持ちを寄せられないだろうと自覚している。初めのうちは気味悪く思っていた姫君も、少しずつ心を許すようになる。
 内の大殿は、新たに迎え入れた娘が悪く言われているのとは対照的に、太政大臣の姫君の評判がよいのが癪に障る。内大臣にとっては、春宮妃にする当てが外れた姫君の行く末も気にかかる。ついつい、太政大臣の「后がねの姫君」(100頁)とも比べてしまう。
 北の対に引き取った姫君は田舎育ちのためにがさつで、大臣は処置に困って女御の御方に託すことにする。その意向を伝えに行くと、君は双六(すぐろく)にはしたなく興じている。早口なのも、育ちの悪さを感じさせる。姫はすぐさま女御に宛てて文を出すが、本文も和歌も突拍子もない書きぶりである。相手方の失笑を買うが、本人はいたって得意気である。

つばぜり合い

 太政大臣(源氏)と内大臣(かつての頭中将)は、依然として何かにつけて張り合っている。源氏にしてみれば、息子の夕霧と相手の娘の雲居雁の仲を認めようとしない内大臣の態度が気に食わない。内大臣からすると、源氏が実の娘と養女を武器に着々と地位を固めている一方で、自分の娘たちを思い通りに処遇できないことが腹立たしい。
 玉鬘はその板挟みになる。内大臣が玉鬘のような評判の姫君が急に出現したことに心を乱され、半ば負け惜しみで「実(じち)の御子にもあらじかし」(98頁)と口走るのは、意図せず真相を言い当てているのが面白い。

近江の君

 内大臣が螢巻の最後で見た夢を占わせたことがきっかけで、自分がその娘だと名乗り出てきたのが近江の君である。行幸巻でそう呼ばれることになる。妙法寺の近くで生まれたとかで、そこの別当の早口がうつったらしい。遠い筑紫で育った玉鬘は品位を保っているのに、都からそう離れていない近江で育ったこの君は下品である。笑いものにされているが、性格が悪辣ではないので、どことなく憎めない。

双六

 近江の君が熱中しているのが、双六である。頭注によると、「盤の上で、白黒十二の石を賽の目によって交互に進め、早く敵方に入ったものを勝ちとする」遊戯である。巻末の図録(長谷雄草紙)を見ると、バックギャモンに似ているように見える。そう言えば、「光る君へ」でもこの遊びに興じている場面があった。

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