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小林泰三『アリス殺し』の感想【ネタバレあり】

ずっと読みたかった一冊。図書館にあったので、備忘録として感想を書いていきます。

あらすじ

栗栖川亜理が毎日見るアリスの夢の中で、ある日ハンプティ・ダンプティが転落死する。明くる日亜理は大学に行くと、そこでも屋上から男子学生が転落するという事故が起きる。アリスの夢の世界の登場人物は、現実世界の人物と対応しており、夢の世界で死んだ人物は、現実世界でも死ぬようになっている。夢の世界でアリスに殺人容疑をかけられたことにより、亜理は真犯人を見つけるべく動き出します。

感想(ネタバレなし)

・夢の世界と現実世界の一致は、合理的なカラクリが用意されている訳ではなく、そういう話として終始します。

・殺人の描写が多少グロテスクでした。苦手な人は苦手かも。

・夢の世界の住人達による会話が、元ネタの世界観を上手く再現していると思いました。特にビルは論理的な解釈を追求した結果、話が通じない奴になってしまうところが、なんとも可愛いらしいです。

「爬虫類って何?」ビルが訪ねた。
「おまえみたいなやつのことだ」
「つまり、『おまえは”おまえみたいなやつ”なのか?』と訊いたのかい?」
「そんな言い方をしたら、まるでわたしが馬鹿みたいではないか?」
「僕は僕みたいなやつだよ」

P42より


感想(ネタバレあり)

・冒頭からいきなり、白兎がアリスとメアリーアンを間違えています。1ページ目から伏線を仕掛けるなんて大胆。

・仕方がない所ではありますが、アーヴァタールという、「夢の世界の誰か=現実世界の誰か」という設定から、なりすましを利用して犯人だと悟られないようにすることや、アーヴァタールの対応関係を誤認させる叙述トリックがあるのでは?という発想を思いつきやすいと思いました。

・上記の通り、アリス=亜理というミスリードが仕掛けられており、亜理が誤解を解こうとする場面が伏線として出てきます。しかし途中からその誤解を利用することで状況を打破しようと亜理は考えるため、「アリス=亜理」と思わせようとする発言をするようになります。亜理の心境の変化を理解できないと、前半の伏線に確信が持てなくなる点が秀逸です。

「そもそも、私は……」

P132より

「先日はありがとうございました」亜理が言った。

P180より


・田中李緒を殺害した武者砂久ですが、名前から簡単に「ブージャム・スナーク」がアーヴァタールだと分かります。物語の展開として李緒が殺される必要があり、そのためだけに登場させた人物という印象を受けます。この殺人以外に存在意義のない、使い捨ての人形のような存在が恐怖を感じさせます。

・グロテスクな描写について、愛着があったこともあり、ビルが殺されるシーンが特に堪えました。元々楽天的なビルがバンダースナッチと対峙した際、さすがに死の危険から逃れようとするのですが、どこか必死感が欠けている印象です。下半身を食べられた時も、冷静に足がない事を確認するだけ。泣き叫ぶような描写もなく、そのことが逆に憐みを感じさせます。

そして、その時になってビルは自分の口や鼻がなくなっていることに気付いた。
そうか、バンダースナッチは僕が思っていたよりもとても速かったんだ。
だったら、仕方ないね。

P240より

・またメアリーアンが殺される場面は比較的コミカルに描かれていますが、女王達が淡々とメアリーアンを傷つけていく様子が常軌を逸しています。やはり殺す側・殺される側の感情が理解できない時に、ある種の嫌悪感を特に抱きやすいと感じました。


・P324から始まる田畑助教の回想が、読者に怒りを伝染させる文章として非常に卓越しています。自分の職場にいたら発狂してしまいそうな上司を見事に表現していると思います。

・二人の刑事アーヴァタールが、帽子屋と三月ネズミだと思わせるミスリードも小ネタとして好ましい所です。

・夢の世界が現実世界の上位に位置しているというルール、つまり現実世界の人物はいわばゲーム内で操作されるキャラクター側であって、現実世界の人間が死んでも夢の世界のアーヴァタールは死なないという設定は、自分の持つ死生観について考えさせられます。私自身が死んだ後、コントローラーを床に置く自分自身を想像してしまいます。

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