選択肢がある幸せ〜高井 浩章さんの「日本のヒルビリーだった私」への共感
先日、高井浩章さんの上記タイトルの記事を拝見し、幾ばくかの自分の人生との類似点から深く共感を覚えました。
https://note.com/hirotakai/n/n41dd8cec2c67
特に
周囲にロールモデルがなく、コミュニティ内部に人生における広い選択肢を提示するメカニズムがない環境であった
という点です。
幼少期の私の育った環境も
1. 東北の片田舎
2. 父は中卒の自営業、母も高卒の専業主婦で
親戚一同を見渡しても大卒の人はいない
3. 私を含め兄弟は4人で、経済状況の厳しさ
は子供心にもわかる
環境下で、
果たして高校進学すらするべきか、さらにはその後の明るい未来など到底描けない状況でした。
私の場合、転機となったのは、中学2年から3年へ上がる春休みでした。
同じ野球部の友人が通っていた学習塾の春季講習に興味を持ち、また元来勉強好きの母の後押しもあり、そこへ通い始めたことがきっかけでした。
テストでの点数に結びつく学習法をそこで学んだ私は、ある種の勉強の楽しさを知り、また1年間その学習塾でお世話になることで、県内トップの進学校に合格することができたのです。
高校に進学してからは、いろいろな志を持った同級生に刺激を受けながら某国立大学に進学。
現在は、幼少期にはイメージすらすることが出来なかった立場で仕事をしています。
そこでの知見は、
選択肢があることすら知らなければ、選ぶことすらできない
という当たり前のことです。
そしてこの「選択肢を知る」というのは、人生の中で早ければ早い程有利に働きます。
現在、私には小学生の子供が2人いますが、この「早く選択肢を知る」という観点で、多くのことを経験させたいと想いを巡らせている次第です。