ムーンライトの思い出(その3)
【ムーンライト九州】
京都~博多と、ムーンライト一族の中では最長距離を走り抜けた列車だ。
ムーンライト山陽と同様、客車列車での運転で、基本的にはシュプール号用に作られた改造車が使われていた。区別のためか、冬季に一般列車で運転されるときには、ふるさとライナー九州と名前を変えて運転されたとか。
比較的ムーンライト一族の中では長い運転期間で、国鉄民営化直後の1989年から運転を開始し、2008年の冬までのおよそ19年間、走り続けた。
快速列車ではあったが、運転区間も長く、国鉄の座席夜行急行のような性格もあり、青春18きっぷユーザーにはとても使いやすい列車だった。
僕が乗車したのは、先のムーンライト山陽に乗車した旅の帰りだ。
本当は往復で乗車するつもりだったが、記した通り、トラブルで帰りのみの乗車だった。
この列車、なんと東京方の車端部に展望車が設置されており、九州行きは流れ去る景色を眺めながら過ごすことができる。
フリースペースまで設けられて、座席も快適なものなので、快速でこれを走らせてくれているのは凄いサービスだった。
京都行きは機関車の後ろにつけられているが、それはそれで面白そうだな…と、発車したところで展望車へ行ってみたが、もうすでにマニアで満席。
やむを得ず自席に戻ってのんびりと寛いだ記憶がある。
【ムーンライト松山・高知】
基本的に岡山まではムーンライト山陽と併結運転する形で運転されており、さらに多度津で運転停車し、それぞれの行先へ分割するといういわゆる3階建て列車といわれる運転形態であった。
ムーンライト高知は基本的にグリーン車のみの編成で運転されていたため、青春18きっぷでは使えなかったが、一部運転日には普通車も連結。
その日を狙って僕はとんでもない計画を立てた。
夜行4連泊&秘技?夜行返しだ。
それまでも、青春18きっぷをフルに生かすべく、座席夜行4連泊は行っていた。
そんななか、一度やってみたいと思っていたのは「夜行返し」特に国鉄時代など、各地を夜行急行や夜行普通列車が走っていた時代、広範囲のフリー乗車区間があるワイド周遊券を使って旅する人の中で、一部の猛者が行う技だ。
上下の夜行列車を途中の駅で乗り換えることによって、宿代わりとして夜行列車を使おうというものだ。
丁度上下列車がすれ違う駅あたりに停車駅があること、そして列車に安価な座席(自由席または普通車指定席ぐらいまで)が設定されていることが条件だ。夜行列車の中には深夜時間帯は停車しないものもあり、その場合は使うことができない。
これによってフリー切符をフルに使えるし、宿代も大幅に節約することができるので、体力のある若者なら、十分に選択肢に入るものだ。
僕が立てた計画はこれだ。
1泊目 ムーンライト高知で高知へ。翌日は高知を観光
2泊目 ムーンライト高知で岡山へ。京都からやってきたムーンライト高知に乗り換えて再び高知へ。翌日は高知~松山を乗り鉄。
3泊目 ムーンライト松山で岡山へ。京都からやってきたムーンライト松山に乗り換えて再び松山へ。翌日は松山を観光。
4泊目 ムーンライト松山で岡山へ。そのまま2時間ほど駅で過ごし、始発のマリンライナーで高松へ。周辺を観光し、鈍行乗り継ぎで大垣へ帰る。
いや~、かなりハードな行程を組んだものだ。
なんとか深夜時間帯の乗り換えをクリアし、特にトラブルもなく迎えた4日目のことだ。
松山市内の市電を乗り歩いたり、道後温泉に入ったりしてノンビリしたのち、ムーンライト松山に乗り込む。
確か14系客車だったか、特に改造していないため、簡易リクライニングシートという、レバーを引いて体重をかけている時だけ少し倒れるというタイプのシート。もちろん固定のボックスシートよりはよいが、そんなに寝心地がいいものではなかったと思う。とはいえ、深夜時間帯は減光してくれること。また、それまで続いた寝不足もあり、乗り込んですぐ、爆睡したように思う。
そして…
ふと起きると窓の外が明るい。
え…?
やけに都会を走っている。
あ…これはやっちゃったか??
寝起きの頭でも簡単に理解できる事実。次の瞬間、神戸駅に列車はスーッと滑り込む。
とりあえず荷物を持って下車。
本来ならこの時間、岡山から始発のマリンライナーに乗り込んでいるところだろう。
実に2時間ほども乗り越してしまっていた。
一瞬考える。
このまま関西を旅するか?
だけど、せっかくの四国旅だし…と思い直し時刻表で調べると、案外午前中には行きたかった金毘羅宮最寄りの琴平に着くことができることを知る。夕方のマリンライナーに乗れば大垣まで戻れるので、それなりに高松近辺を楽しむことができそうだ。
なら戻るか…と、来た道をもどって乗りついでいくのだった。
とりあえず今までの人生で、最大規模の乗り過ごしになったことは間違いない。それまでの列車では車掌さんが岡山到着前に声を掛けてくれていたので、少し心に油断もあったのでしょう。