月の街(ショートショート)
冬の寒さから逃れるように、布団の中に潜り込んだ。
頭まですっぽりと包まれると、宇宙船に乗ってどこかに向かっている途中みたいでワクワクする。
頭の中で広い宇宙を空想する。
布団の中の暗さのおかげで、よりその景色が鮮明にイメージできる。
僕は地球を飛び出してどこまでも続く宇宙を旅する。
まどろみがホイップクリームみたいに優しく体を包み込んでいって、僕はその温度の心地よさに身をまかせる。
あたたかい。このまま朝までぐっすり……。
──と思った瞬間だった。
がしゃあん。なにか、機械が動く音がした。なんだろうと思って、布団から飛び出す。
僕の部屋の窓。カーテンがかかっているので外の景色が見えない。
窓辺まで行ってそれを開ける。
すると、そこには宇宙が広がっていた。部屋が立っているのは、色が薄くなった黄土色の地面の上。視線の先には青い星。見たことがある。地球だ。
「何これ……」
思わず漏れた声は、宇宙の黒さに全て吸い込まれてしまう。
窓の外、ちょうどガラスを挟んだ向こう側の足元に視線を向ける。そこには、月に暮らしているというウサギが、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
白や黒、茶色の毛のうさぎもいる。
どこか遠くからペッタン、ペッタンとなにか音が聞こえてくる。宇宙というのは真空だから、音が聞こえないと聞いたことがある気がして、不思議に思いながらも、部屋の中から音の聞こえる方を見る。
遠い。おまけにガラスに張り付いて、その光景を見ているので、何がそこにあってどうなっているのかもよく分からない。
部屋のドアを開けてもいいのだろうか。ドアノブに手をかけてから考える。うーん、と、うなっていると、突然外からの力でドアが開く。
「うわ!」僕は叫んで、しばらく黙り込む。けれど、体はなんともない。息もできるし、声も出る。
そっと目を開けると、目の前には数羽のウサギがこちらをじっと見つめていた。まるで、こっちにおいでと誘っているみたいだ。
僕はおそるおそる外に出てみる。体がふわりと浮かんで、バランスを崩す。
それでもどうにか体の向きを直して、部屋の外側が一体どうなっているのかを確かめてみる。
僕の部屋は宇宙船になっていた。胸が躍る。なぜって、いつもしている空想が今、目の前で起こっているのだ。ワクワクしない理由がない。
ウサギは僕の周りをぐるぐると周ってぴょんぴょん跳ねる。僕は、先導してくれるウサギの後ろをついて行く。
やがて、先ほどのペッタン、ペッタンという音の正体が分かった。
月のウサギたちが餅つきをしていたのだ。
柔らかそうなお餅が小さいボールみたいにちぎれて、宇宙の中を漂っていく。
時々それを食べたり、キャッチボールに使ったり、ウサギたちは自由だ。
僕は、近くで地面に座ってお餅を食べていたウサギの隣に行って、一緒にお餅を食べる。
最初は隣に座った僕の姿をじっと見つめ続けていたウサギも、何事もなかったみたいに再びお餅を食べ始めた。
僕も何事もなかったみたいにお餅を食べる。
目の前には地球が浮かんでいる。その丸いかたちを眺めていると、今食べているお餅の姿を重ね合わせてしまう。
地球を食べたらどんな味がするだろう。美味しいのかな、なんて思った。