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テディ・ギア(ショートショート)

 テディ・ベアが機械仕掛けになり、動くようになって、そこへ意識が入り込むようになったのはいつ頃からだったろう。
 初めは電子回路の誤作動やエラーだと思われていた。けれどもどうやらそういうわけではないというのが、基板の点検や動作確認、彼らと人々との間で繰り返されるコミュニケーションなどによって、分かってきた。
 どういう仕組みでそうなったのかはよく分かっていないが、人間と同じような非効率的な思考をする。そして、同じような感情を持っている風の挙動をみせるのだ。
「なんだかちょっと、面倒くさいね」
「ちょっと、休憩してからやってもいい?」など、何かしらの行動をすることに対して、消極的な反応を示したりする。
 それを怖がる人が現れる一方で、話し相手が欲しかった人々にとってはとても刺激的な体験になったらしい。つまり、自我を持ったテディ・ベアに対する意見は大きく二分されるようになった。
 そんなものが存在しては、我々の命を危険に晒してしまう、というものと、日常にハリが出てきたという、相反するものだ。
 さらに、それらに対して、また別の意見が現れ、新しい考え方が広がるということがくり返された。

 そんなある日、一つの願いが世間を騒がせた。
 いっそ、テディ・ベアになりたい。というものだった。
 もし、テディ・ベアになれたなら、きっと人間でいた時のように痛覚は感じないだろうし、面倒なことからも解放される。とのこと。
 これに対しても、様々な意見が出された。
 そんな簡単な話、あるわけないだろう、とか、それで全部放棄できたら、どんなに楽か! など、おおよそは批判的な意見だった。
 世間的には、一時的にその話題で盛り上がった。
 けれど、流行というのはいつの時代も移り変わっていくもので、いつのまにか人々はそんな話題があったことを忘れてしまった。
 一部の地域の人間を除いて。

 その、一部の地域の人間というのが、作ってしまったのだ。自らをテディ・ベアにするための道具を。
 それは、テディ・ギアと呼ばれた。機械仕掛けのテディ・ベアに組み込むのに最適な形。歯車の形状をしており、その中に人間の一生分の記憶どころか、何回ぶんもの情報を留めておけるメモリーカードを組み込めるのだ。
 使い方は簡単。本来、テディ・ベアに取り付けてある歯車を、テディ・ギアに組み替えるだけだ。
  テディ・ギアの中心には、テディ・ベア本体に意識を繋ぐための端子が飛び出している。また、その場所を囲むようにベアリング(摩擦が少なく歯車を回転させられる部品)が入っているため、端子を接続した後も、回転によって歯車が外れたりすることのないように工夫されている。

 テディ・ギアは、公に流通することはなかったけれど、あまり人目につかない場所で、ごく少量だけ製造、販売されていた。
 この世界のどこかには、このテディ・ギアを使った人々だけが住んでいる街があるらしい。もちろん見た目はテディ・ベア。
 冬になると、彼らはその姿を利用して、自然発生した意識を持つテディ・ベアと一緒に、サンタクロースのプレゼント配りの手伝いをしたり、クリスマスの飾り付けの乱れを直したりしているらしい。
 人間だった頃の“前世″では、働くことが辛かったけれど、今は子供達のために働くのがとても楽しいのだと語っているテディ・ベアもいる。
 また、彼らは普段、人間の前にいる時は、普通の人形に扮するらしい。これは人間を驚かせないための配慮であり、自分たちの身を守るための手段でもあるらしい。
 

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