クリスマスマーケット
僕は子どもの頃、布団の中が異世界への入り口だった。
布団の中が洞窟になっていて、先に進むとぼんやりと照明が灯る。オレンジ色の暖かな明かり。
赤煉瓦の道をまっすぐに歩き続けると広場に出る。洞窟と煉瓦の建物が入り混じったみたいな不思議な空間。洞窟の天井には穴が開いていて、広場の中心が吹き抜けになっている。周囲を取り囲むように、商店や出店、休憩用のテーブルが並んでいて、カラフルな照明が広場全体を包む。
それはあくまで空想の中の世界で、まさか実在するわけがない。そう考えていた。
***
僕がいつの間にか迷い込んでいた空間は、確かに当時、夢に見ていた世界で、いつの間にか忘れてしまっていた憧れだった。
あの頃の空想と異なるところがあるとすれば、ここはずっと冬だということだろうか。
寒くはない。いや、確かに冬特有の刺すような空気の冷たさが、全くないわけではないけれど、それを補って余りある、温かさがある。かまくらの中に居る時の感覚と言えば分かるだろうか。よく聞く、かまくらの中は想像以上に温かいというあれだ。
雪で白く化粧をした煉瓦の赤が、水気を含んだみたいな濃さを抱く。
黄色い日差しがそこここで雪に乱反射して、目がくらむ。
瑞々しいままのブルーベリーを、一瞬のうちに凍らせたみたいな冬の匂い。儚い酸味が胸を締め付けるようなその独特さは、一度全てが終わって、新しく作り替わるときの虚しさに似ている。
この世界はきっと、子どもの頃、空想に耽ったあの布団の中に繋がっている。当時の僕が夢見た世界だ。
雪を踏みしめる感触。どこかから漂ってくる、お菓子の甘い匂い。静かな時間を楽しむ人々の、ささやかな声。
こんな世界を空想していたのは、僕だけじゃなかったのかもしれない。
それは嬉しくもあり、自分だけのもので無くなる寂しさもある。
これはきっと贅沢な悩みなんだろうな、と思う。
広場にはいくらか人が居て、各々がこの空間を楽しんでいる。穏やかな時間。
雪の呼吸が聞こえてきそうなこの世界を、僕も楽しむことにする。