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スターマーカー(ショートショート)
子どもの頃、両親は仕事からの帰りが遅かった。
ひとりで待つしかできなかった僕は、いつしか夜空を見上げるようになった。
古い本があった。
星座の本だった。春夏秋冬、それぞれの季節の夜空を彩る星の配置が書かれた本。
それと夜空に実際に浮かぶ星を、いつも見比べて過ごした。
今日はあの星が見えない。街明かりが眩しいせいかもしれない。とか、雲がかかっているから今日は見えない。とか。
両親がなかなか帰ってこない日は、事前にその報告があって、お金を幾らか貰って、好きなものを自分で買ってくるか、あらかじめ夕食を作ってもらう。
そんな夜は、自室の電気を消してすっかり暗くしてしまう。午後十二時。街を包む明かりは少しずつまばらになっていき、やがて街灯の明かりだけになる。
僕の家は高台にあった。
自然と街全体が見渡せる位置にあったわけだ。
その光景は、まるで夜空と街がひとつにくっついたみたいで、自分も夜空の中に居るみたいで、とてもワクワクした。どこかに出掛けているわけでもないのに、冒険でもしているみたいだった。
そうやって日々を過ごすうちに、僕は少しずつ成長していき、夜空に浮かぶ星座の名前や、それを取り囲む夜空の諸々について詳しくなっていった。
ある日、何を思ったのか、勉強中に使っていた蛍光ペンを空に向けた。
星座を繋げるみたいに、そのペン先をすう、と動かす。頭の中では、あるいは視線の先では、夜空に浮かぶ輝きの一粒一粒が繋がって──。
それはあくまで、頭の中だけで起こっている空想だと思った。
けれど違っていた。僕がペンで、夜空に線を描き足すごとに、その水色の軌跡が紺色の空に滑らかに伸びる。
ノートや教科書にしるしを付ける時みたいに、キュルキュルと音を立てて、線は伸びていく。
僕はその日、夜空の星々を繋ぐことに、すっかり夢中になっていた。それこそ宿題の存在すら忘れてしまうほどに。
いくつもの線で結ばれた夜空は、まるで今の今まで存在しなかった新しい世界のように、僕の前に現れた。
蛍光ペンのインクが道になって、宇宙の中に存在するどこかの星同士がつながっている。
僕はこっそり、その星々を繋ぐ道の一本として、地球から伸びる線を描き足した。その道は、なんの変哲もないただの勉強部屋から出発する、どこまでも終わることのない冒険のはじまりに思えた。