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夏祭り(雑記)

 提灯に灯されたオレンジ色。リンゴ飴に反射する香具師の並ぶ景色。
 太鼓を打ち鳴らす音と人々の喧騒。
 いつもは静かな街の中が、そのときだけは活気づく。
 普段は人が居る場所が苦手な私でも、なぜか心が躍ってしまう。夏の熱気のせいなのか、非日常の気配のせいなのか。
 歩く地面の感触がいつもより近く感じる。
 自身の呼吸の音もいつもより大きい。
 ほんの少しの時間だけ、街に繰り出す。本当に、ほんの少しだけ。
 本来は受験勉強に時間を費やさなければいけないのだけれど、今日くらいはいいだろう。両親も、今日くらいはまあいいか、と送り出してくれた。
 花火が始まるまではまだ少し時間がある。人々の会話の波から逃れるように、道の端っこで突っ立っている。背後では虫の鳴く声が聞こえる。何という名前の虫かは知らない。
 ふと、スマホから通知音が鳴る。意識していなければ、きっと聞き逃してしまっていたであろう程の大きさの音。
 それを引っ張り出し、画面を開く。夜の街の中で、真っ白い光が立ち昇る。私の両目は、その光に吸い込まれる。
 もう少しで着くらしい。了解した旨を返信して、再びスマホをしまう。
 先ほどまでは落ち着いていた心臓の鼓動が、再び速くなる。
 意味もなく髪に触れてみたり、人影の中からその姿を見つけ出そうとする。ほとんど全員が、誰かと一緒にここへ来ている。それはまあ、そういうものだろう、と自分の中で勝手に納得して、時間を潰すための思考を再び始める。
 ふと視界の端に、何かが映る。見慣れた背の高さ、歩き方。
 自然とそちらの方に視線が行く。来た。見慣れたいつものへらへら顔も、なぜか景色が違うだけで、特別なもののように見えてしまうから不思議だ。
 私は、浴衣を着ているせいか、振る舞いがぎこちなくなってしまう。普段、どんなふうに歩いていたかすら忘れてしまうくらいに。すごく恥ずかしい。ごまかすために、意味もなく髪に触れる。さっきから同じことばかりやっているな。とぼんやり思いながら、下手くそに笑う。

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