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一千一秒の片隅(8/10)

階段

 月が隠れた夜の中で 星がいくつも輝いている
 それらは夜空の片隅に集まって 一つの大きな階段になる
 自分はそれに飛び乗って 上へ上へと進んでいく どこに繋がっているのかすら分からない そんな不確かな道のりを上へ上へと進んでいく
 星はまるで意思を持っているかのように 自分の足を押し上げてくる もっと進め どんどん進めと言われているような気さえしてくる
 このまま上り続けると いったいどこに辿り着くのだろうかと ぼんやり考えている 冷たい空気が肺に沁みる

月を食べようとした話

 満月を眺めていると なぜかとてもおいしそうに見えた 思わず爪楊枝でそのまあるい表面を突いてみると いとも簡単に刺さった
 驚いて目を瞬いていると 刺したところから薄黄色の蜜のようなものがあふれ出てきた それと同時に甘く冷たい香りが漂う 金平糖をかみ砕いたような香り
 夜の空気に溶け出したそれは まるで町全体を包むように広がっていった 自分は満月を食べようとしたことすらすっかり忘れて その優しい香りに心を奪われていた

川の淵

 さらさらと流れる小川のその淵で 何かが金属質な輝きを放っている
 夜の散歩の途中で見つけたそれは 水面で微かに揺れる光だけが頼りだった 自分は水中に手を入れて探ってみる
 しばらく手を動かしてみるけれど 一向にそれに触れられる気配がない
 一体どれほど深くまで潜っているのだろう そんな風に考えていると 一瞬その光が大きく揺らいで ふっと消えてしまった
 あれは一体何だったのだろう? そんな疑問が頭の中をよぎったが 結局それが何であったか 確かなことは何も分からなかった
 唯一思い当たるのは その色や温度が
 子どもの頃に眺めた星空に浮かんでいたそれに よく似ていたということぐらいだった

季節の巡る話

 夜空の光に、微かに桃色が混じっている 桜の匂いやその色が溶けだしたような 不思議な空気だった
 冷たい空気に閉じ込められていた世界が いつの間にか解き放たれて 自由に動き回っているような 色付いた景色をワイワイと眺めているような華やかさがあった
 冬の白は研ぎ澄まされて 鉄琴を叩く音のような 無機質で鮮やかな空気を持っていた
 季節は変化して 虹彩に映る景色の色どりが移り変わっていく
 星は巡り 毎夜新たな夜を静かに照らしている

町がオルゴールかもしれない話

 鋼を融かして固めた夜空の中に 金剛石を埋め込んだように星々が瞬いている
 空気の冷たさもその密度も 冬の風によって増幅している 町を四角く暗い箱の中に閉じ込めてしまったかのような 重厚感を持った空気
 町の片隅で 一つのゼンマイ螺子を拾った
 今日は新月で月が出ていない 本来なら月が浮かんでいる場所はぽっかりと穴が開いている
 自分はそこに螺子を差し込んでゆっくりと回す それから螺子を抜き取るとどうだろう
 一瞬の静寂ののち 町の上から金属質でいて 繊細なメロディーが降ってきた 一音一音奏でられるごとに 胸の奥の何かが揺さぶられるような感覚になり あっという間に魅了される
 それはその日の夜じゅうずっと続いた 様々な人の見解のなかでは この町がオルゴールのような構造になっているのでは というものが一番有力な説らしいが 実際のところはよく分かっていない

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