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薄暮のホワイトチョコレート(ショートショート)
最近、とある喫茶店で本を読むのが日課になっている。
夢の中に現れる、不思議な喫茶店。
そこは時間が止まっているんだか進んでいるんだか、ずっと夜のままなのだ。
そして何より、店主の顔がフクロウなのだ。体は人間で、私が話すのと同じ言語を扱う。
カウンター席に座り、コーヒーを注文し、それを飲むふりをしながらそれとなく様子を窺ったりするけれど、どういう仕組みなのか分からない。
まあ、夢の中で、現実世界で買った本を読めている時点で、何が起こってもおかしくない訳だけれど。
そんなわけで、今日も単行本の影に隠れながら、フクロウの店主の様子をチラ見したり、コーヒーを啜ったりする。
「おや、その本、新刊ですか?」店主が私に声を掛ける。驚いた私は、それをどうにか隠すために、声をぐ、と抑えた後で言った。その動きはきっと、コーヒーを一口飲んだ後の動作に見えただろう。
「あ、知ってるんですか?」ちょっと掠れた感じなった。
「ええ、この間来店されたお客様が、その本についてかなり熱心に語られていたので」
「そうなんですね」私は頷く。
「せっかくなので、そんな読書タイムにぴったりなものを取り寄せたんですが、いかがです?」
「え、なんですか」
「チョコレートなんですが……」
「え!」無類のチョコレート好きな私は、思わず声が大きくなる。
急いで声を抑える動作をすると、店主は笑って言った。
「では、お試しで何粒かお出ししますね」
出てきたのは、水色をしたチョコレートだった。
店主いわく、日が暮れだした丁度”薄暮”の時間帯の空気をふんわりと混ぜ込んだホワイトチョコレートなのだとか。
「ホワイトチョコレート、なんですか?」
私の言わんとしていることに気づいたのだろう。店主はああ、と言った。
「なぜホワイトチョコレートなのに、白じゃなくて水色なのか、ですね」
その問いかけに数回頷くと、その答えが返ってくる。
「薄暮の時間帯の、青っぽい空気を含ませているので、薄暮特有の青い影をまとっているんですよ」
「なるほど」私は、雪のように真っ白い小皿の上に載っている水色をしたそれを眺める。言われてみれば、白いような気もする。
「このチョコレートは、爽やかな夕暮れの香りが鼻を抜けるので、これから読書をしようとか、勉強をしようと思っている人に向いているんです」
一粒つまんで口の中に入れると、確かに、爽やかな香りがした。ほんのり切なさみたいなものも感じる香りだった。
「なんだか、目がすっきりする感じがします」
「でしょう」
押しつけがましくない目の冴え。これなら、心地よく読書が楽しめそうだ。
「これ、お代とか……」
私が言うと、店主は再び笑いながら答えた。
「いえ、大丈夫ですよ。強いて言えば、また当店にお越しいただければ」
商売上手ですね、とおどけて言うと、店主は一層楽しそうな声でははは、と笑った。