夢喰マグカップ(ショートショート)
先日雑貨屋で購入してきたマグカップを使ってみることにした。
日曜日。冬の寒さが肌に染みる朝。
布団の温度を惜しみながら這い出て、暖房をつける。
起動音に続いて、ごう、と、空気を温め始める音が聞こえる。
窓の外からは朝日。寝る前にほんの少し開けておいたカーテンの隙間から、すっと伸びる明かりが、部屋の中を線分している。
クリーム色をした影の中に埋もれるケトルを取り出して、お湯を沸かす。
沸騰する間にマグカップを収納棚から取り出す。いちばん手前に置いておいたのですぐに準備ができた。
ついでに歯を磨きながら、何を飲むか考える。
昆布茶にココア、コーヒーもまだ残っている。朝食に何を食べるかによって飲み物を決めることにした。
冷蔵庫の中を確認していると、ケトルからお湯が沸いた合図の音が聞こえてきた。
ベーコン、卵、きゅうり。
卵は2個。もうそろそろ賞味期限が来るはず。とりあえず3種類取り出して、サンドイッチを作ることにした。パンは先日買ったものが3枚残っている。
お湯を沸かすタイミングはもう少し後でもよかったかもしれないと思いながら、きゅうりを切る。小さめのボウルに水を張り、そこに切ったものを入れる。
卵をスクランブルエッグにして、パンの上に具材を載せていく。間にマヨネーズやカラシを挟む。
ケトルに触れる。胴の部分はまだ熱を持っているけれど、沸騰させてから時間が経ってしまった気もするので、もう一度沸かす。
いつも思うけれど、自分はどうしてこうも要領がよくないのだろうと思う。
まあ、それほど深く気にしているわけでもないのだけれど。
再び沸騰の音が鳴るころには、コーヒーを淹れる準備が完了した。といってもインスタントのコーヒーなので、お湯を注ぐだけで完成する。
ケトルを傾けると、こぷこぷと小気味いい音とコーヒーの香りが部屋の中に広がった。湯気がふわりと立ち昇る。
湯気を眺める。それはみるみるうちに膨れ上がっていって、部屋の中に霧が立ち込めたようになる。
本当は僕は、この瞬間を待っていた。湯気に目を凝らすと、部屋の中に別の世界が浮かび上がる。それはプロジェクションマッピングやホログラムのような形で形成された。
このマグカップは特殊なものなんです。
そんな事を言ったのは、これを購入した雑貨屋の店員だった。
「これは夢喰マグカップという名前なんです」
「ゆめくいまぐかっぷ、ですか」
僕は、きょとんとしながら、店頭に並ぶマグカップを眺める。説明は続く。
「このマグカップは、様々な人の夢を食べて混ぜ合わせ、中に入れた飲み物の湯気に、混ぜ合わせた夢の映像を映し出すんです」
「へえ、そうなんですか」
最初は大して気にしていなかったし、どちらかというとそのカップのデザインが気に入って購入した。
けれど、映し出される映像というのが気になって、好奇心からコーヒーを淹れてみたのだ。
結果、映し出された映像はまるで映画のようで、けれどどこか辻褄が合わなかったり、かと思えばちょっと面白かったり、何とも掴みどころのないものだった。
一体どこの夢をどんなふうに、どれくらい食べて、この映像を生み出しているのだろう、と思う。
今度何か淹れるときは、ポップコーンでも用意しよう。コーヒーに合うポップコーン。キャラメル味とかだろうか。いや、飲みきったら映像が見れなくなるだろうか。そうだとしたら、淹れないほうが。
あるいは普通のマグカップにもう一杯淹れて、そちらを飲めばいいだろうか。
そんな事を考えていると、キッチンに置きっぱなしになっていた、空になって、洗い終わったマグカップのフチが、もぐもぐと何かを咀嚼するように動いた。