ピーコック(ショートショート)
近頃、学校の近くにある海で、ある噂が立っている。
海面を泳ぐクジャクが発見されたというのだ。そんなことあるはずがない、と思った。
クジャクが現れるなら、山の中だろう。仮に海辺に現れたとしても、海面を泳ぐなんて、そんなクジャクがいるはずがない。
放課後、僕はその真偽を確かめるために、海へ向かった。もちろん、そんなことはありえないという前提で、である。
波は穏やかだった。夏の間に何度か来たことはあるけれど、秋の波は静かだ。もちろん、すぐに冬が来て、荒々しい波になるのだろうけれど。
僕はなるべく、クジャクが出そうな場所を歩いた。つまり、極力人目につかない様な背の高い草むらや、近くに植物が茂っている場所。とにかく、すぐ人に見つかってしまう場所には現れないだろうと踏んだわけである。
しばらく歩き回る。日の沈み出した海は、少しずつ薄暗くなっていく。波は微かに青緑色を残している。夕日に照らされているのにこんな色になるなんて、不思議だな、と思った瞬間のことだった。
波が羽ばたいた。
目の前で起きた現象をどうにか言い表すなら、まさにそんな感じだった。
長く連なった波の一部がバサリと盛り上がり、確かに羽ばたいたのだ。
驚きのあまり息が詰まって、その羽ばたいた先を見るのが一瞬遅れた。どうにかその先を見ると、遠ざかりながら、羽ばたいているのが見えた。
その姿は確かにクジャクで、けれど体は青緑に透き通っている。
綺麗な色だな、と思いながら眺めていると、今度は目の前の波から次々と、青緑の膨らみが出来上がって、それはやっぱりクジャクの姿になった。
その透明な体は、波を押し除け、沖に向かって進んでいく。
それらが遠ざかっていくほど、目の前の波の色が変化していく。青緑で透明度の高かった波は、徐々にカフェラテのような淡い横茶色に。
まるで、彼らがいたために波の色が澄んでいたかのようだった。
その日以降、夏の気配はすっかり消えて、秋の気配が一層強くなった。
今になって思うと、あのクジャクたちが浜辺に夏を運んできていたのでは、と思うのだ。