ヨルシカ『盗作』
小説を読み終え、楽曲も全て聴いたその後で考えたことは一つだった。
過去にこれほど生々しく、人間っぽさを感じる音楽作品を体験したことがあっただろうか。
ヨルシカ 3rd album『盗作』は、音を盗む泥棒を主人公にしている。
小説では、その男の半生と罪の独白インタビューについて描かれている。
とある少年との出会いや交流、独白のシーンを交互に繰り返して物語は進んでいく。
小説の中では、楽曲で登場するキーワードや、これをもとにして曲が作られたのだろうと思われる景色、キャラクター達の行動をたびたび見かける。
あの歌詞にはこの部分が繋がっている、とか、この場面の描写はきっとあの曲の、というように探しながら読むのも面白い。
そのなかで特に印象に残った部分があった。一見、歌詞との直接的なつながりを感じにくい、けれど恐らくアルバム内のすべての楽曲、その根底に流れている考え方なのではないだろうか、と思うところ。
男が独白している場面。
音楽の価値について語るとき、彼は事あるごとにライターに問いかける。
君はどう思う
罪は誰が持っていると思う?
君にはわかるか。僕の言っている価値の話が。なぁ、わかるか
何度も問いかける。音楽の価値について。
楽曲を作った人間が犯した罪によって、それの価値は下がってしまうのか。五線譜に並ぶメロディーは一切変わらないのに、罪を犯した人間が作ったものの価値は変わってしまうのか、と。
男は何を思って独白をしたのか、そこにどんな目的があったのか。
読後に感じたのは、創作をする人間が見ている”リアル”の質感、手触りだった。たとえ美しいものを作っていたとしても、その裏側にあるのはファンタジーやメルヘンではなく、あくまで現実なのだということ。他人との距離感や、黙々と紙の上にペンを走らせる、その瞬間のことを思った。ふとした時に感じる衝動も、どうやって消化すべきか分からない無力感も、すべてがあった。
楽曲をこの耳で聴く。本のページをめくる。表紙の感触や重さを感じる。作品を受け取った瞬間の、空気の匂い。
大げさかもしれないが、まだこの作品に触れていないあなたにはぜひ、五感を駆使して世界観を味わってもらいたい。そうすることで、より一層、この物語を楽しめるはずだ。
この文章のはじめのほうで「音楽作品を”体験”したことがあっただろうか」という書き方をした所以はそこにある。
これは五感を使って”体験”していただきたい物語である。
***
楽曲を聴きながら歌詞を眺めていると、思わずゾッとした。それまで追いかけてきた男の物語が、恐ろしいほど鮮明に、そこに息づいていたからだ。
その行間に、こちらを見つめる男の瞳が見え隠れする。僕に問いかけてくる、無音の声が聞こえた。
君はどう思う。君にはわかるか。
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