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一千一秒の片隅(1/10)

拗ねた星の話

 インクの入ったガラスの瓶に何かがきらりと反射する
 開けたままのカーテンから見えるのは 星の流れていく姿
 遠く遠く 遥か彼方のさらに奥のほうで 星がごつんと頭をぶつけた音が聞こえた
 苦しそうな 悔しそうなうめき声の後で 一瞬にして夜が明けた 深い霧がいっぺんに晴れていくような出来事だった
 明けた白い空のどこかから ふん と鼻を鳴らすような音が聞こえた

ガス燈の下で星と出会った話 

 ガス燈のすぐ下で星空を眺めている
 空の隅の方で硬質的な白い光が煌めいたかと思うと それはあッという間に目の前まで降ってきて お辞儀をした
 彼は自身のことを生まれて間もない星だと云った 体じゅうから銀色の粉を振りまいては話す
 その香りは火薬の焼けるような 夏の濃い夜空のことを思い起こさせるものだった

お月様が眺めていたものの話

 お月様は 湖の滑らかな表面にその表情をうつして じいっと考え事をしていた
 夜毎 湖のふちにやってくる 帽子を深く被った男についてだった
 彼は目的の場所へやってくると 他に何をするでもなく ただ湖の表面を眺めている その瞳の中には悲しみのような色が宿っていて 普段それは厳重な鍵をかけた先に置いてあるものだ
 夜半 そこへやって来る時のみ彼はその色を放つ
 それは澄んだ青色で いつか地上に落ちた星屑の色とよく似ていた
 いつしかお月様は 彼がもとは星屑の一つだったのではと思うようになった そうであってほしいという思いが強くなっていった
 それから幾日か過ぎ去ったある夜 男は再び湖のふちを歩きにやってきた 月は彼に 何のために湖の周りを歩いているのか訊きたくて仕方がなかった
 おぅい 呼びかける 反応は帰って来ず ただ夜の静寂が辺りを支配している それでも男は歩き続ける 
 夜空に星があることを忘れてしまったかのようにずっと俯いたままでいる お月様はただ眺めることしかできない自分のことを恨めしく思った

星と歩いた話

 煉瓦のくっきりとした赤が ガス燈の明かりで目を覚ます
 コツコツと靴裏を鳴らしながら石畳の上を歩いていると いつしか星たちも目を覚まし 問いかけてくる
 どこに行くの?
 自分はただ散歩をしているだけだと話す すると空に浮かぶ星々の一つが すとんと石畳に落ちて声をあげた
 白く発光する彼はたちまち人の姿へ変形して 自分のそばをついて歩き始めた

 夜な夜な書架を眺めていると 一部だけ白い光を放っていた
 何事かと思って光るその一冊を抜き取ってみると 頁の間に真ッ白く硬い星が挟まっていた
 いつかしおりにしたのを忘れていたようだ それをコツコツとつつくと 目を覚ましたらしく驚いて逃げていった 薄暗い部屋の中にはひと筋の白い線が残っただけで 他にはなんの跡形も残さず消え去ってしまった

がっつり、『一千一秒物語』/稲垣足穂 のまねごとをしています。
タイトルに数字が振ってあるのでまだ続くはずですが、
今のところアイデアを思いついているのが3/10までなので、最後まで行けるか分からず膝がガクブルしています。よろしければお付き合いください。
                              たけなが

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