かりんとう饅頭座(ショートショート)
先日祖母が亡くなった。八十九歳だった。
実家を出ていた私は、母から連絡を受け取り、故郷へと帰った。
連絡が来たのはちょうど仕事終わりの時間。翌日は休日だったため、一度マンションに帰ってから準備をし、車で向かった。
最期は病院の中だった。私が到着したころにはすでに、実家のほうに戻ってきており、母は葬儀業者の人とこの後の話をしていた。
「おかえり。ちゃんと食べてるの?」
母は私に気づくと、第一声がそれだった。一人暮らしをしているからだろう。きちんと食事をとれているか。実家に帰ると毎回聞かれることだ。
「大丈夫だよ」少しイントネーションに起伏を持たせて答える。母は、そう。なら良かった。と呟くように言った。続けて、
「おばあちゃんに顔見せてあげて」と。
うん。
それに答えた私の声は、なんだか別人のものみたいで不思議な感じがした。
祖母は、布団の中で静かに眠っていた。
その体はずいぶん小さいように思う。子供のころの彼女の記憶が強く残っているせいだろうか。あの頃の記憶の中で、祖母の存在はとても大きかった。まだ小学校低学年だったころ。
私はよく祖母の家に預けられていた。両親が共働きだったことと、祖父母の家が実家と近かったこともあって、そうする方が安心だろう、と話し合って決めたのだ。いつだったか、そんなことを母が話していた。
当時の私は、祖母が出してくれるお菓子があまり好きじゃなかった。
麩菓子。落雁。ポン菓子。
のどが渇くし、あんまり甘くない。
あの頃の私と言えば、チョコレートが大好きだった。
一口食べるだけで広がる幸福感。その甘さと比べたときに、どうしても祖母が出すお菓子を食べたいと思わなかった。
あまりに駄々をこね続けるから、きっと祖母もどうしたものかと困り果てたことだろう。
そんなある日、突然現れたお菓子に、私は虜になった。
かりんとう饅頭。
外の皮はパリッとしていて、さくさく噛みしめるうちに黒糖やあんこの甘味が口いっぱいに広がる。
こんなに美味しいものがあるなんて、知らなかった。
喜んでそれを食べる私を見て、祖母はつい嬉しくなったのか、かりんとう饅頭ばかり買ってくれるようになった。
***
「さすがにかりんとう饅頭ばっかりあげるから、あんまりなんでもかんでもあげないでよって、おばあちゃんに言ったこともあったっけ」
葬儀の準備をする合間、母は懐かしそうに、愛おしいものに触れるかのように、穏やかに話した。
私は、そんなことがあったんだ、と相づちを打ちながら、昔の記憶を遡っていた。
祖母の家ではじめてかりんとう饅頭を食べてから、私はすっかりそればかり食べるようになった。
中学校、高校、大学。社会人になってからもそれは変わらなかった。
まったくおばあちゃんめ。と思いながら、微笑む。
葬儀場に到着し、準備が一段落したため、一度外の空気を吸うことにした。
夜の空気は随分と柔らかい。少しひんやりしているけれど、準備の手伝いで右往左往したせいで火照った体に心地いい。
空を見上げると、星がいつもより多く輝いている。
手を伸ばすと、ちょうど指先のあたりに、丸を描くように並ぶ星たちが見えた。まるでその姿が
「かりんとう饅頭みたいだな……」
ぼそりとつぶやく。後ろから来た母が、不思議そうに聞いてくる。
「どうかした?」
「ううん、なんでも」
私は振り返って答えてから、母の肩に手を置く。入り口の自動ドアの辺りまで歩いて行く。
かすかに吹いた風から、甘い、あんこのような香りがした。
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