給水塔(ショートショート)
子どもの頃、近所に給水塔があった。
当時でもかなり古びた印象がある、レンガ造りの塔だった。
苔むした表面に触れるといつも少ししっとりしていて、すでに使われなくなっていたあの頃から、どこか不気味さや神秘的な雰囲気が漂っていた。
ヒビの入った窓ガラスから、外に向かって伸びる蔓は、いくつも枝分かれしていて、建物全体を覆いつくしていた。
僕はその建物の中に、こっそり忍び込むのが好きだった。
もちろん、立入禁止の札が置かれていたが、その頃の僕はそんなこと一切気にすることなく侵入していた。今になって思うと、ずいぶんと危ないことをしていたものだな、と思う。
給水塔の中に入ると、壁面に沿って螺旋階段が敷かれている。上に向かって進めるようになってはいたものの、その道は途中で途切れていた。
けれど、そんなことは大した問題ではなかった。
僕の目当てはその階段の先に見えるものだった。
その給水塔の中には、迷い夜がやってきていた。
迷い夜とは、僕が作った造語なのだけれど、”迷子の夜”のことを意味している。
その給水塔の中には、昼夜問わずずっと”夜”が棲んでいた。
その夜は、どこかオドオドしているように見えた。そこに浮かぶ星が、彼の(ここでは夜のことを彼と呼ぶことにしている)感情をそのまま表していた。いつもちかちかして、頼りなさげな点滅を繰り返していた。
僕は学校の帰り道、休みの日など、暇があるといつもそこに籠っていたのだ。
階段が途切れる直前の段に座って、ぼんやりと会話をするようにその天井付近に浮かぶ夜の姿を眺めていた。
どこからともなく漂ってくる水の濃い匂いが、建物の内側全体に漂っていた。
友達や大人は、その給水塔のことを怖がり、なかなか近づこうとしなかった。実際に薄暗くジメジメした場所であったことは事実で、だからこそ誰も寄せ付けない雰囲気があり、僕はこそが好きだったのかもしれない。