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ルーフブラウニー(ショートショート)
「お待たせしました。ルーフブラウニーです」
喫茶店の店主は、そう言いながら、そのスイーツをカウンター席に置いた。
「ありがとうございます。わ、美味しそうですね」
彼女は嬉しそうに体を逸らしながら言った。
ルーフとは屋根のことで、見た目が屋根の上に積もった雪のように見えることからその名前がついた。もちろん、それが作られる工程もまるで雪が積もるのと同じような手順が踏まれていて、それなりに手間暇がかかるお菓子なのだ。
「お皿の形が屋根みたいになってるんですね」
その形は、降雨や積雪に配慮された地域の屋根と同じ三角をしていて、その周りはチョコレートのソースで飾られている。
三角屋根の上には白いブラウニーが盛り付けられていて、見た目は本当に屋根の上に積もった雪を思わせる。
「いただきまーす……」
その女性は、屋根の上ですでに切り分けられているブラウニーをフォークで取り、口に運ぶ。
「ん、美味しい」
ブラウニーという名前が付いてはいるものの、軽やかな食感とふわりと広がる甘み。いくらでも食べられそうだ。
「これってどうやって作ってるんですか?」
彼女は口の中に残る甘味を感じながら質問した。
「このブラウニーは、チョコレートの国のチョコクラウドを使って作っているんです」
「……チョコレートの国、ですか?」
女性は首を傾げる。
この喫茶店に初めて来たときと同じ感情を抱く。
さすがに初めてここに来たときは驚いた。何といっても、店主の顔がフクロウのそれなのだから。
それは例えば、外国の昔の書物なんかに書かれている挿絵の、顔だけが動物で身体は人間の生き物が現実世界に現れたようなものなのだ。
この喫茶店が現実の世界なのか、ただの空想や夢の中にだけ存在するものなのかは彼女にもよく分かっていない。
店主は「はい」と言い、身振り手振りを交えながら、説明する。
「この世界の、というべきなのか、どこかの宇宙にというのが正解なのか、とにかくどこかに存在する場所なのですが、そこから取り寄せた”チョコレートでできた雲”を使ってます」
「雲をつかって?」
「この雲をじゅうぶん凍らせると、雪のようにしんしんとホワイトチョコレートが降ってくるんです」
女性はその景色をイメージする。まるで、本当に屋根の上に雪が積もるようにブラウニーが出来上がっていく。とても幻想的だと思った。
同時に、子供のころの記憶が蘇ってきた。
小学校の頃だった。雪国生まれの彼女は、冬になるとずっと部屋の中に籠っていた。暖房とこたつが完備された部屋の中から、窓の外の街や、両親の車の屋根に積もる雪を眺めていた。
「よし、どっかでかけるか!」
というのが、父親の口癖だった。休日、一日中こたつに籠っていようと思った時に限って連れ出されるものだから、むすっとしながら仕方なくついていった。
車の窓の外を流れていく景色の白さと、窓ガラスを伝う雫が反射する日差しの色がとても綺麗だった。面倒ではあったけれど、外に出たら出たで楽しかったような気もする。
彼女は時々、ドライブに出掛けることがある。その理由の根っこには、その子供時代の記憶が関係しているかもしれなかった。
鼻を抜けるチョコレートの香りの中に、冬の空気に似た、冴えた冷たさを感じる。
懐かしい思い出がよみがえってくると、自然と笑みがこぼれる。
「どうかされましたか?」店主が聞く。
「いえ、ちょっと昔のことを思い出して」
「そうでしたか」優し気な声で、彼は答える。
その喫茶店の中では、今日もゆっくりと時間が流れている。