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カカオニブ(ショートショート)

 長年愛用していた万年筆のペン先、つまりはニブ部分が劣化で壊れてしまった。
 インターネットで調べてみると、筆記具の様々なニブ部分のみを販売しているお店があるらしい。
 せっかくなのでそこでニブ交換をしてもらうことにした。
「どのようなニブがお好みですか?」
 メガネを掛けた初老の男性店員が、そんなふうに尋ねてきた。
「そうですね、せっかくなので変わった素材で出来たニブが見てみたいです」
 僕の言葉に彼は頷き、店内を何箇所か転々としながら、ニブを集めてきた。そのうちの一つをつまみながら言った。
「まずはこちら。空の色を溶かし込んだスチールニブです。空をそのまま使っているので、実はインクが要らないんです。このニブを付けると、ペン先から自然と空色のインクが出てくるんですよ」
「へえ、いいですね」僕は頷きながら答える。
「ただし、あまりたくさん空を使ってしまうと、空が空っぽになってしまいます。そうなると、新しく補充されるまでは空の天気が真っ白な曇り空になってしまうので、気を付けてください」
「なるほど、欠点もあるんですね」
「はい、そうですね。なかなか一筋縄ではいかないものです。そして、次のニブですが」
 男性はまた別のニブを取り出す。何やらとても細かい細工がされている。
「こちらは機械式ニブ。書き始めると、毛細管現象で移動するインクの流れに押されて、中の歯車が回転します。すると、まるで機械式時計のように動き始め、ペンを使い始めてからどれくらい時間が経ったかを、鈴の音で教えてくれます」
「へえ……」
「ペンを使っている時、時計で時間を確認するのすら面倒、という方におすすめですね」
 そして最後にもう一つ、三つ目のニブの説明を始めた。
「こちらのニブはカカオニブと言います。ええ、おっしゃりたいことは分かります。一般的なカカオニブというのは、カカオ豆──。チョコレートの原料ですね。これから胚乳と呼ばれる部分を取り出したもののことです。でも、このニブは文字通りニブ。ペン先です」
 確かにそれはペン先だった。形はよく見るカカオ豆のそれと同じ。けれど実物よりかなり小さい。ペン先だから当たり前ではあるが。
「これは一体どんなニブなんですか?」
「これはですね、本来のカカオニブと同じような効果があります」
「本来の? チョコレートに使う方のですか?」
「はい。つまり、テオブロミンを摂取したのと同じように、覚醒作用があります。目がシャッキリします」
「目がシャッキリ」
「ええ、シャッキリ。さらには、カカオニブを食べた時のようなほろ苦さを持った文章を書くことができます」
「ほろ苦い? 味わい深い文章が書ける、という事ですか?」
「ええ、そのような解釈で問題ありません」
 なんというか、独特な能力を持ったニブだな、と思いながら、三つのニブを見つめる。これからお世話になるものだ。一体どれにするべきか。
 ためつすがめつ考えていると、男性がつけ加えた。
「それから、カカオニブを使うと得られる効果がもうひとつあります。個人的にはこれは結構いいと思うのですが」
「ほう、それは?」

「お通じがよくなります」

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