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モモと花火(ショートショート)

 ひと夏の恋に胸を焦がしたモモは、その種に花火を宿すそうです。
 実際のところ、種が火花を散らす品種のモモがあるだけらしいのですが、もしそうならちょっと素敵ですね、というお話です。

***

 モモはひとりの青年に恋をしていました。
 けれど彼女は、人間と話すことができません。当然、人間の彼も、モモの言葉を理解することは出来ません。
 そんな中でも、モモは彼の優しさに胸を打たれ、恋をしたのです。
 青年は、果樹園を手伝うアルバイトの一人で、植物に関する知識は人一倍持っていました。
 彼は、モモの体調が少しでも悪くなるのを感じると、すぐさまその原因を探って、救ってあげました。
 それがまるで、私の想いが彼に届いているみたいだわ、と、彼女は思っていました。

 けれど青年には、人間の恋人が居ました。
 恋人は時々、彼の務める果樹園に訪れて、飲み物や食べ物を差し入れます。彼は嬉しそうにそれを受け取り、おいしそうに食べるのです。
 その姿を見ているうち、モモはいたたまれなくなってしまいました。
 自分自身の体を大きく揺らし、木から落ちるように図らいました。そうしてとにかく、その場から居なくなってしまいたい、と思ったのです。
 彼女の悲しい思惑の通り、その体はぷちり、とちぎれたそばから地面に転げ落ち、やがて果樹園のそばを流れていた川に落ちてしまいました。
 長い、長い旅でした。
 流されていくうちにその実はこけていき、剥がれ落ち、最後には種だけの姿になってしまいました。
 ある日の夜、流れ着いた海の底で思いました。
 私は幸せだっただろうか、と。夜空の星々は、彼女の声を静かに聞いています。けれど、星からの声は彼女には届きません。
 種になってしまったモモは、静かに涙を流します。
 ぽたりぽたりとこぼれたそれは、パチ、と弾けます。
 暗いくらい夜の中で、その明かりは淡い紅色に輝きます。
 彼女の美しい光に導かれるように、海の中に棲む生き物たちは集まってきます。モモは辺りを見回して思います。
 こんな私でも、まだ誰かの役に立つことができるのかしら。
 いつの間にか彼女は、しずかに微笑んでいました。
 夜空の星のその一つ。モモの姿を眺めていた彼は、いつの間にか彼女に恋をしていました。

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