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海中果樹園①(ショートストーリー)

 期末テストが終わって、あとは夏を待つだけになった。
 友達というものを作るのが苦手な僕は、何となく違和感を覚えながらも、クラスの中でどうにか居場所を確保している。
 ただそれも、馴染めていないのは僕が一番理解しているし、きっと一緒に居てくれている人たちもどこかでズレた感覚があるはずだ。
 笑みは自然とぎこちなくなってしまうし、絞り出した言葉も、それによる会話も、彼らと僕との、言葉の接触部分に不自然な断層が生まれている。うまく噛み合っていない感じ。
 そんな空気を感じると、僕はそそくさと逃げてしまう。そこで踏ん張ればもしかしたら何か変わるのかもしれないけれど、踏ん張った先の活路を見いだせないのが実際のところだ。
 それなら、彼ら同士の会話を邪魔しないのが、唯一、今の僕に出来ることなのだ。

***

 学校からの帰り道。陽炎の上る坂道を下っていく。蝉の声がじわじわと耳の奥に染み込んでいく。
 どこか遠くに行きたい。ここではないどこかに。
 そんなことを、ふとした瞬間、何でもない日常の中で考えてしまう。
 道の両脇に、小さな林くらいの大きさの木々の集まりがあって、それによってほんの少しの間、日差しを避けることができる。もちろんその程度ですべてを防げるかというと、そんなことはないけれど。
 日陰のおかげでほんの少し涼しくなったことで、余白ができた頭で思考する。
 どこか遠くに行きたい。別に行き先が決まっているわけではないけれど。
 ただ、このままずっと同じ場所に居続けたら、何となく駄目なような気がする。嫌な気がする。そんなぼんやりとした動機で、僕は日常から離れたいと思う。
 日陰を抜けると、白を反射するガードレールの向こう側に海が見えてくる。潮風が髪を撫でる。
 この田舎町の中で唯一気に入っているのは、学校のすぐそばにある海だ。
 もちろん、放課後ここにやって来る生徒が居ない訳ではない。むしろ青春を謳歌しているような人たちが多数訪れる。
 今まで何人もそんな人たちを見てきた。僕の人生とは遠くかけ離れた場所にいる人たち。羨ましい一方で、僕は彼らみたいに、"楽しい"を当たり前みたいに仲間内で共有するのがうまくないのだ。あらかじめそれができないことを知っているから、諦めがついているわけだ。
 けれど時々、これからも、もしかしたらずっとこのままなのだろうか、と、このままでいいのだろうかと、漠然とした不安が頭をよぎる。
 ──やっぱり、この町とは別の場所に行きたい。そうすれば、何かが解決しそうな予感がある。

 そんな欲求をほんの少しだけ満たしてくれるものがある。
 それは、寂れた港町にある、自動販売機のペットボトル飲料。
 小銭を入れて、点灯したボタンの一つを押す。騒がしく落ちてきたペットボトルと、お釣りが無造作に転がる衝撃音。
 ペットボトルとお釣りを取る。お釣りはズボンのポケットに。ペットボトルの蓋を開ける。
 炭酸飲料だったため、ぷし! と大きく空気の抜ける音がした。開けたボトルの中の空間は、この町とは別の世界。ということにする。
 百八十円分の別世界は、想像している以上に心もとない。
 もっと全身が、別の場所にいると実感できる場所が欲しい。
 ペットボトルを傾けると、唇の辺りで泡がいくつか弾ける感触が伝わってくる。
 波の音も聞こえる。とても穏やかな音。心が少し落ち着く。
 今日は珍しく、砂浜に人が居ない。せっかくなので、少し海に寄っていくことにする。ガードレールのちょうど途切れたところに、砂浜へ降りる階段がある。
 やたら段差が大きいその階段を、とん、とんとゆっくりとしたリズムで下りる。
 草むらの中で風に揺られながら、昼顔が花を咲かせている。
 それらが擦れ合って出る、川の流れるような音が、穏やかな午後を演出している。
 ふと、砂浜に目をやると、他の誰かの足跡を見つけた。五指が分かれているので、きっと裸足で歩いたのだろう。
 まあ、別にいいか。仮に誰かがこの砂浜に来ていたとしても、きっと僕とは何の関りもない人だろうから。
 波に近付く。海の音がより鮮明に、聞こえるようになった。
 今日はとてもいい天気だ。こんな場所にいると、冷静になれる。
 水平線の方に目を向ける。煌めく波。遠くの方に島が見える。
 ん? 遠くの方……? あんな場所に島なんてあったっけ?
 もう一度、よく目を凝らす。綺麗な円の一部、その影が、海面にそっと飛び出ている。
 なんだあれ。
 眉間にかなりしわが寄っていることを、自分でも充分理解できるくらいには目を凝らす。
「……え!? ちょ……」
 自分の目がおかしいのだろうか。そんなことを考える。
 けれども、何度見てもこの目は正常に思える。

***

 島のように見えていたのは、人の頭だった。生きた人の後頭部。その人は女子高生で、同い年で、別の学校に通っている人。
 そして同時に、彼女は人魚の末裔だった。

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